豊郷小学校旧校舎…解体の危機から町おこしの主役に - 関西旅行2010(25)

カテゴリ:遠征旅行記関西旅行2010 | 公開日:2011年11月14日23:01
豊郷小学校旧校舎

昨年の関西旅行、4日目(8月26日)の最後は滋賀県犬上郡豊郷町にある町立豊郷小学校の旧校舎を訪問しました。現在は文化財として保存、町立図書館として利用されている豊郷小学校の旧校舎ですが、ここに至るまでには紆余曲折が存在しました。関西旅行2010の締めくくりはこの豊郷小学校旧校舎の歴史と現在についてお送りすることといたします。

■豊郷小学校旧校舎の歴史

豊郷小学校の航空写真。本記事作成時点(2011年11月12日)は新校舎着工前の写真となっている。

豊郷小学校の歴史は古く、その起源は明治時代に遡ります。1873(明治6)年に学制の公布に伴い現在の豊郷小学校の北にある唯念寺に「成文学校」が開設されました。その13年後の1886(明治19)年には名称を「尋常科至熟学校」に改め、翌年には木造平屋の新校舎(一部が国登録有形文化財として現存)が完成し名称を「至熟尋常小学校」に再度改めます。さらに5年後の1892(明治25)年には町内に3つあった小学校が統合され、新学校令施行に伴い「豊郷尋常小学校」となり現在の学校の形ができあがりました。以後、急速な経済発展にともなう児童数の増加にあわせて校舎の増築が繰り返されますが、昭和初期になると児童数は500名を超え、これ以上の拡張は不可能となってしまいました。しかし、別の場所に移転するとしてもその莫大な用地費や校区分割等の諸問題からなかなか実行に移せない状態となりました。

旧校舎正面玄関脇にある吉川鉄次郎のモニュメント
旧校舎正面玄関脇にある吉川鉄次郎のモニュメント

この状況を打破したのが豊郷小学校の卒業生であり、大実業家でもあった吉川鉄次郎でした。豊郷小学校の窮状を知った吉川は1935(昭和10)年、新校舎建設に必要な土地・建物の費用全ての寄付を申し出、直ちに土地約1万2千坪を取得するとともに建築家ウィリアム・メレル・ヴォーリズ※1に校舎の設計を依頼しました。基本設計が出来上がると直ちに入札を行い、竹中工務店が工事担当することが決定し、僅か2年後の1937(昭和12)年には早くも新校舎を完成させました。吉川はさらに「必要なものはどんなに費用がかかっても構わない」と豪語し、学校として必要な備品類の調達も引き受け、最終的な負担額は彼の私財の2/3に相当する60万円(現在の金額では30億円)に及びました。かんせいした豊郷小学校の新校舎は当時はまだ珍しかった鉄筋コンクリート造に、温水暖房、内線電話、ガス供給設備など時代の最先端を行く設備を詰め込んだものとなりました。このとき建てられた豊郷小学校の校舎が平成に至る現代まで使い続けることができたのはこのときの先見の明があったからであるといえます。吉川がここまで母校の発展に尽力したのは彼が実業家として海外で培ってきた「企業による社会貢献の必要性」を具現化したためといわれています。

▼脚注
※1 ウィリアム・メレル・ヴォーリズ:滋賀県を中心に活動していたアメリカ人の建築家。明治学院大学礼拝堂(東京都港区)や関西学院大学(兵庫県西宮市・西宮上ヶ原キャンパス)など主に教育施設の設計に尽力した。また、近江八幡市に本社を持つ近江兄弟社(塗り薬の「メンターム」)の創業者でもある。


■解体の危機

吉川の多大な貢献により完成した豊郷小学校は直後に到来した太平洋戦争による金属供出により備品の一部が取り外され、空襲の標的となるのを防ぐため外壁が黒く塗られるなどの憂き目に遭ったものの、構造体そのものに被害は無く戦後も校舎として使われ続けました。しかし、阪神・淡路大震災を契機として1996(平成8)年に行われた耐震診断で補強が必要との結果が出たことから、状況は大きな変化を見せ始めます。

「校舎の解体か、耐震補強か…」

町はその方向性を定めるため、1999(平成11)年2月にアンケートを行い「耐震補強」と答えた町民は45%、逆に「解体」と答えた町民は6%弱に過ぎないとの結果を得ました。また、滋賀県や日本建築学会も保存するよう求める意見を発表するなど、世の風潮としては「残すべき」という流れが大勢を占めていました。しかし、同年11月に豊郷小学校の改築を公約に掲げた大野和三郎町長が就任すると、以後町側は「解体推進」の方針を一歩も譲らず、態度を一気に硬化させてしまいます。町民側の保存を求める声は無視され続け、2年後の2001(平成13)年末には町長が年内の解体工事着手を表明しました。大野町長がここまで改築に拘ったのは公共事業による経済活性化を期待したためといわれています。
しかし、町民の総意でない改築を強行しようという動きにはほぼ敵意のみが向けられ、業を煮やした町民側は「豊郷小学校の歴史と未来を考える会」を組織して校舎の保存をアピールするとともに、大津地裁に対し講堂解体の差し止めを求める仮処分申請を提出しました。翌2002(平成14)年1月に仮処分が認められましたが、町は講堂・図書館のみを保存し、校舎は解体撤去する方針を変えませんでした。そのため町民側は8月に校舎についても解体差し止めを求める仮処分申請を大津地裁に行います。しかし、10月には町側が校舎の解体工事に向けた造成工事に着手したことから、町民側も「力には力で対抗する」という方針の下学校敷地内での座り込みといった抗議活動を展開し始めるなど事態は泥沼化しました。さらに10月に入ると町民側は大野町長の解職請求(リコール)に向けた署名活動を開始しました。しかし、12月に入ると町長は月内に解体工事に着手すると発表し、12月19日には前述の仮処分決定がなされたにもかかわらず翌日に校舎の窓枠を取り外すなど工事を強行しました。この工事は町長自らの指揮で強行されたもので、工事を阻止しようとした町民に対し作業員が暴行するなどの様子がテレビで全国に放映され、豊郷小学校の改築問題が全国に知れ渡ることとなりました。

2004年に完成した現在の豊郷小学校の校舎。旧校舎の保存が実現するまでには町を2分する苦難の闘いがあった。
2004年に完成した現在の豊郷小学校の校舎。旧校舎の保存が実現するまでには町を2分する苦難の闘いがあった。

裁判所の命令を無視するという法治国家の根幹を揺るがしかねない前代未聞の事態には国も注目することとなり、当時衆議院議員だった河村たかし氏ら2名が遠山文部科学大臣に豊郷小学校の校舎の保存に関する要望書を提出、大野町長も文科省に出向き校舎を保存する意向を伝えました。また、町民側は裁判所の命令を犯して書いた移行時が強行された事実を重く見て町長を建造物損害容疑で滋賀県警に告訴するとともに校舎の原状復旧と損害賠償を求める訴訟を起こしました。
それまで強硬だった町長が方針を変えたことにより校舎の解体はひとまず回避されましたが、新校舎建設は引き続き推進すると表明したことから、町民側はあくまで「現校舎を学校として使用すること」を求めました。2003(平成15)年1月には前年から続けられていた町長のリコール署名が規定数(有権者の1/3以上)に達し、60日以内に町長解職の是非を問う住民投票が行われることとなりました。一方、町側は2月に現校舎の用途廃止の手続きを行うなど校舎新築への準備を着々と続けており、町民側も対抗策として3月に「新校舎建設差止めを求める裁判」を大津地裁に起こしました。同月、住民投票で大野町長の失職が決定しましたが、翌月の選挙で大野町長が何故か再選を果たしてしまいます。結局、新校舎建設の流れが変わることはなく、2004(平成16)年3月に現行の新校舎が完成し使用が開始されました。
なお、町民側が起こしていた旧校舎の破壊に対する損害賠償訴訟は最高裁まで争い、2006(平成18)年に町長側に350万円の支払いを認める判決が確定しました。また、新校舎建設費支出差し止めと支払済みの費用20億円の返還を求めた2件の裁判はそれぞれ、「支出差し止めの判決」「業者が2千万円を寄付金の形で町に返還する形で和解」となり全ての裁判が終結しました。

▼参考
豊郷小学校の歴史と未来を考える会
豊郷町長敗訴が確定 小学校旧校舎の解体強行(共同通信)
新校舎支出差し止め確定 最高裁、町側上告退ける(共同通信)
滋賀・豊郷小訴訟が終結 業者が2000万寄付し和解(共同通信)

■町の交流施設として再生

町の交流施設として生まれ変わった豊郷小学校旧校舎
町の交流施設として生まれ変わった豊郷小学校旧校舎

町を2分する大騒動の震源地となった豊郷小学校の旧校舎は2004(平成16)年の新校舎移転完了後はしばらくの間放置されていましたが、2008(平成20)年になり下層階への耐力壁追加を中心とする耐震補強工事が開始されました。この工事では校舎の外壁が徹底的に洗浄・再塗装されたのをはじめ、玄関前の庭の再整備や来訪者用の駐車場が新設されるなど旧校舎をできるだけ原型に近い形に復元・保存するのみならず、町の交流施設として恒久的に活用することを意識した改修がなされています。工事は2009(平成21)年5月に完了し、校舎の一部は町立図書館として利用されています。

豊郷小学校の前を通る県道542号線(中山道)から校門を見る。 玄関前の噴水。
左:豊郷小学校の前を通る県道542号線(中山道)から校門を見る。
右:玄関前の噴水。

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豊郷小学校旧校舎の入口は西側を通る県道542号(中山道)側にあります。校門の門柱は創建当時のまま残っており、今回の改修では建設当時の図面から特注で門扉を復元し、取り付けています。校門から校舎正面の玄関までの道は以前は一般的なアスファルト舗装となっていましたが、これも全て撤去され白いタイルの舗装に改められています。このタイル舗装には黄色い点字ブロックも埋め込まれておりバリアフリーへの対策の万全です。
校舎玄関前にある噴水は着工前は転落防止のためなのか高い樹木で囲まれていましたが、これも建設当初の状態に近づけるため、一部を除き伐採され噴水の周りを取り囲むように散策路が整備されました。

豊郷小学校旧校舎全景
豊郷小学校旧校舎全景
※クリックで拡大(4枚合成/1000*226px)

豊郷小学校の校舎は建設当時「白亜の教育殿堂」と呼ばれるほど美しい白色の外壁を持っていました。しかし、その後幾度と無く行われた再塗装の結果くすんだ灰色に変色してしまい、さらに経年劣化により汚れが線状に流れ落ちるなど見るからに古い建物であると思わせてしまう外観となっていました。今回の改修では不要となった塗膜を高圧洗浄により丁寧に除去し、建設当時の白色の外壁を復元しています。復元に当たっては塗料の色について卒業生の指導を得て行ったとのことです。

校舎1階は商工会の事務室など行政施設が入居。壁には「けいおん!」関連のポスターがある。 玄関前の部屋は豊郷小学校の歴史に関する資料室となっている。
左:校舎1階は商工会の事務室など行政施設が入居。壁には「けいおん!」関連のポスターがある。
右:玄関前の部屋は豊郷小学校の歴史に関する資料室となっている。

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校舎内は土足厳禁となっているため、校舎正面の玄関を入ったところでスリッパに履き替えます。正面には芳名録が置かれており、北は北海道、南は九州まで様々な方々のお名前を見ることができました。(もちろん筆者も記帳してきました。)校舎の1階は町立図書館、商工会の事務室、子育て支援のための施設(託児所)など行政施設として利用されています。また、玄関正面の部屋は豊郷小学校の歴史に関する資料を展示している資料室となっています。
なお、耐震補強の耐力壁は主に廊下と教室を仕切る壁の部分に新設されていますが、周囲と同化するようなデザインとなっていることから意識しない限り違和感を感じることはありませんでした。

2階の廊下 2階の教室は特に利用されていない
左:2階の廊下
右:2階の教室は特に利用されていない

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一方、校舎の2階は以前は普通教室として利用されていた部屋が並んでいますが、(展示品として?)内部には古い形の机が並べられている部屋もあれば、何もない部屋もあるという状況です。豊郷町が開設しているWebページによると現在のところは特定の用途で常時使用されている部屋は無い模様です。

階段の手すりにあるウサギとカメの装飾 階段の手すりにあるウサギとカメの装飾 階段の手すりにあるウサギとカメの装飾
階段の手すりにあるウサギとカメの装飾

校舎中央の階段の手すりにはウサギ・カメの装飾を見ることができます。この装飾は1階はウサギとカメが並んでいる状態、1階と踊り場の間はカメが単独で登っている途中、踊り場はウサギが単独で昼寝中、踊り場と2階の間はウサギを追い越したカメがやはり単独で登っている途中、そして2階は登り終えたカメが下にいるウサギを見下ろすという童話「ウサギとカメ」に沿ったものとなっています。なお、この装飾は戦時中金属供出に伴い一度失われており、現存するものは昭和30年代に改めて新調されたものとなっています。この装飾は後述するアニメ「けいおん!」の中でも描かれています。

講堂を2階から見下ろす。
講堂を2階から見下ろす。

校舎南側にある講堂は窓枠など一部が建設当時と異なっていたことから復元が行われています。ステージに向かって後ろ側には2階席もあり、講堂全体を見下ろすことができます。この講堂も「けいおん!」の作中で描写されているほか、最近ではファンが主催するイベントで実際にライブが行われたりもしています。

▼参考
豊郷小学校 ホームページ
ウサギとカメ・階段・小学校 - 豊郷町立図書館 : まち・文化 : DADA Journal - 滋賀県湖東・湖北の地域情報誌 [ダダ・ジャーナル]

■アニメ「けいおん!」の舞台として一躍ブームに

「けいおん!」の作中で軽音部の部室として描かれていた豊郷小学校3階の会議室
「けいおん!」の作中で軽音部の部室として描かれていた豊郷小学校3階の会議室
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豊郷小学校旧校舎が町立図書館としてリニューアルオープンした2009年春、豊郷小学校が再び注目を集めるようになりました。その理由は深夜アニメ「けいおん!」の舞台になったためです。
「けいおん!」(原作:かきふらい)は芳文社の4コマ漫画雑誌「まんがタイムきらら」で2007年から連載されている作品で、タイトルの通り軽音楽部に所属する女子高生の入部から卒業までを描いたもので、7か月の連載休止を挟み今年5月からは進学後を描いた「大学生編」の連載が続いています。2009年春からはTBS系列でアニメ第1期が放送、さらに翌2010年春からはアニメ第2期が放送され、社会現象というに相応しい人気を獲得しており、来る12月からは劇場版(映画)のロードショーが決定しています。この「けいおん!」の作中において公式に名言はされていないものの、豊郷小学校と酷似した建物が「私立桜が丘高校」として多数登場しており、ちょうどテレビアニメ第1期の放送が豊郷小学校の町立図書館としてのオープンと重なったことから、“聖地巡礼”※2として豊郷小学校を訪れるファンが相次ぎました。
豊郷町の観光協会や商工会では“聖地巡礼”による町おこしで成功していた埼玉県の鷲宮町(現・久喜市)の先例に倣い、豊郷小学校を「けいおん!」舞台として積極的にPRするようになりました。

▼脚注
※2 聖地巡礼:アニメの作中で描かれている場所を実際に訪問することを指す。

校舎3階の「音楽室」こと会議室。作中での描画にあわせて机や楽器などが並べられている。机の上のケーキはロウでできた見本品。 校舎内に数ある黒板のうち、この部屋のものだけは自由に落書きできるようになっている。
左:校舎3階の「音楽室」こと会議室。作中での描画にあわせて机や楽器などが並べられている。机の上のケーキはロウでできた見本品。
右:校舎内に数ある黒板のうち、この部屋のものだけは自由に落書きできるようになっている。

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校舎3階の会議室は「けいおん!」の作中では音楽室兼軽音部部室として描かれており、室内にはアニメで描かれた風景に合わせて机、ホワイトボード、楽器、コスチュームなどが並べられています。これらの品々は全てファンが持ち込んだもの(寄付されたもの)のようです。また、壁面には以前から備え付けられている黒板があり、校舎内ではこの部屋のものに限り自由に書き込むことが許可されています。右写真の通り黒板は訪問したファンが書き込んだ無数のメッセージで埋め尽くされています。

酬徳記念館の「けいおんカフェ」(訪問日した日は休業中) カフェに隣接して設けられているのギャラリー。右は来訪者が書き残したメッセージカード。
左:酬徳記念館の「けいおんカフェ」(訪問日した日は休業中)
右:カフェに隣接して設けられているのギャラリー。右は来訪者が書き残したメッセージカード。

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校舎の北側にある酬徳記念館(旧図書館棟)でもファンが持ち込んだけいおんやその他コミック・アニメに関するグッズが展示されています。また、訪問者が書いたメッセージカードを掲出できるコーナーも設けられており、「登校○回目です!」と書かれているカードもかなり見受けられ、遠方からでも複数回来訪している方も大勢見られるようでした。なお、この酬徳記念館には売店があり、TBS公認のオリジナルグッズを含め様々なグッズが販売されています。また、土日祝日に限り「けいおんカフェ」として軽食類の販売も行われています。詳しくは以下のブログよりどうぞ。

▼参考
今日の部室(けいおんの舞台 豊郷小学校旧校舎群)

売店で販売されているギター形のクッキー。 県道にある「飛び出し坊や」ならぬ「飛び出し女子高生」(平沢唯Ver.)
左:売店で販売されているギター形のクッキー。
右:県道にある「飛び出し坊や」ならぬ「飛び出し女子高生」(平沢唯Ver.)

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帰りの近江鉄道の電車を待っている間、酬徳記念館でクッキーを食べながら現地の方と話をする時間がありました。その方によると、今後の課題は「『けいおん』により訪れた豊郷小学校のブームをどのようにすれば継続して町おこしに生かせるか」とのことでした。豊郷小学校を巡っては、現在も耐震補強工事の支出額に関して町側と町民側が裁判で争うなど完全な合意形成ができたとは言い難い状況となっています。コミック・アニメのブームは作品の制作が終了した時点で下火になることが多く、今はブームの陰で忘れ去られている校舎の保存・改修問題がブームの終了とともに(例えば維持管理費を理由に)蒸し返される恐れが否定しきれないのも事実です。
来る11月19・20日には豊郷小学校の講堂で全国の高校生バンドが集い演奏の腕を競う「とよさと軽音楽甲子園」「けいおん!」の劇中歌の演奏を行う音楽イベント、「とよさとアニメフェスタ2011」が開催される予定です。豊郷小学校を訪れるけいおんファンに対し「聖地巡礼」だけでなく、校舎の保存が実現するまでにあった苦難の歴史や、保存の大切さをどのように訴えていくかは重要なテーマとして考える必要があります。

▼参考
豊郷町商工会
豊郷町観光協会
けいおん!聖地で歌え 11月旧豊郷小「軽音甲子園」出場募る : 京都新聞



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