品川埠頭分岐点(2)開削トンネルへの改築 - りんかい線東臨トンネル(16)

東京臨海高速鉄道りんかい線東臨トンネル ~時代に翻弄されたもうひとつの京葉線~
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■品川埠頭トンネル 6km805m~7km071m(L=266m)
▼参考
京葉線大型シールド工事の現況 - 建設の機械化1975年12月号3~9ページ
臨海副都心線工事誌 - 日本鉄道建設公団東京支社2003年9月 106~117・294~301・570~582ページ

●概説
トンネルの概要・京葉線用として建設された複線シールドトンネルについては前回の記事を参照。

■りんかい線用の開削トンネルへ改築


より大きな地図で 東京臨海高速鉄道りんかい線東臨トンネル を表示

用地取得に多大な苦労をかけて完成した品川埠頭の京葉線シールドトンネルは完成直後に工事が凍結されたことにより、1996(平成8)年10月にりんかい線開業に向けて工事が再開されるまでの12年間にわたり地中に封印されることとなった。トンネル自体は海に近い環境であることを考慮して、止水対策を厳重に行っていることもあり、僅かな漏水の発生以外は傷みや沈下も無くそのままりんかい線に流用することが可能な状態であった。しかし、りんかい線の第二期区間は天王洲アイル駅を経由すること、車両基地は東京貨物ターミナル駅の脇に設置されることから、このシールドトンネルの一部を取り壊して線路を分岐させることとなった。撤去するのは工事にあたり揉めに揉めたあの松岡冷蔵倉庫の近接部分を含む170mの区間である。

トンネルの撤去範囲と品川埠頭トンネルの位置
トンネルの撤去範囲と品川埠頭トンネルの位置
(C)国土交通省 国土情報ウェブマッピングシステムカラー空中写真データより抜粋


京葉線時代のシールドトンネルを撤去して新設される開削トンネル「品川埠頭トンネル」と称し、りんかい線の本線と入出庫線分岐部分に加え、トンネルの換気設備と電車の走行電力を供給する品川変電所が併設されることとなった。また、大崎側の端は隣接する天王洲トンネル(シールド)の発進立坑にもなったため、開削部分の全長は266m(新木場起点6km805m~7km071m)となり、トンネルの断面は新木場側から1層1径間、1層2径間、2層2径間、2層1径間、2層3径間と目まぐるしく変化している。このうち、2層になっている部分は上層階を換気設備と変電所の電力設備、下層階を線路として使用している。また、換気塔は大崎側の終端部の線路外に設置している。

品川埠頭トンネルの断面の変化
品川埠頭トンネルの断面の変化 ※クリックで拡大

品川埠頭トンネルの工事は1996(平成8)年10月末より開始された。第二期区間の概要の記事でも述べたとおり、この時点で、既に関係各所から2001(平成13)年3月の天王洲アイル駅までの暫定開業が厳命されており、工期は5年弱と地下鉄の建設工事としてはかなりタイトなスケジュールとなった。
品川埠頭トンネルの地上部にある道路は品川埠頭に向かうトラック・トレーラーのメインの交通路となっており、警察などとの協議の結果昼間の交通規制や道路上への作業帯の設置が一切認められなかった。このため、地上を使用する作業は全て夜間に行わざるを得ず、重機類は作業が終了するたびに待機場所への移動を強いられるという大変厳しい施工条件となった。さらに、新設される開削トンネルは既設のシールドトンネルよりも幅が広いため、松岡冷蔵の敷地に食い込むこととなったが、京葉線のシールドトンネル施工時と同様トンネルの真上に荷捌ステージがあるため、作業ができるのは1週間のうちで倉庫が休業となる土曜日の2時から日曜日の22時までのわずか44時間に限定された。このため、掘削に先立つ土留め杭の打ち込みに当たっては荷捌ステージの屋根を開閉式に改造し、ステージ自体も移動式の仮設ブロックに改造するなど短時間で撤去・再設置可能な構造にする工夫が求められた。ただし、京葉線シールドトンネル施工時とは違い、松岡冷蔵の会社側から工事に対して表立った反対などは受けなかったようである。(工事誌では明言されていないが、これは後述する通り日通の燻蒸倉庫の閉鎖が決定していたためと思われる。)
なお、土留壁はシールドトンネルの撤去部分とそれ以外の部分で構造が異なっており、前者は継手が付いた鋼管を並べる方式(ONS工法)、後者はセメントと土砂を混ぜ合わせて柱を作る方式(SMW工法)が用いられている。土留壁の設置完了後は内部を掘削し、いよいよ最大の難関である既設シールドトンネルの撤去にとりかかることになる。シールドトンネルは外径10.7mの複線断面で、壁面は建設当時標準的に使用されていた厚さ60cmの中子型セグメント(1リングあたり11分割)と厚さ30cmのコンクリート製の二次覆工により構成されている。このシールドトンネルの撤去にあたっては工期短縮のため、以下の3つの方法が提案された。
1案:二次覆工を破砕機で取り壊した後、セグメント同士を留めるボルトを切断し、引き上げる。
2案:二次覆工を破砕機で取り壊した後、ワイヤーソーでセグメントを切断し、引き上げる。
3案:ワイヤーソーで二次覆工とセグメントを一緒に切断し、引き上げる。


これら3案について、実際に試験施工を行った結果、(3)は壁面に埋没している金具を一緒に切断するためワイヤーソーの消耗が激しくコストがかさむという欠点があるが、(1)(2)は二次覆工を撤去する際に粉じん対策が必要となるため、作業員の安全や健康を最優先とし、(3)案を採用することになった。

▼脚注
※ワイヤーソー:金属製のワイヤーにダイヤモンドの粉を混ぜ込んだ工具で、これを高速で動かしながらコンクリートに当てることでコンクリートを切断する。

シールドトンネル解体・撤去の手順
シールドトンネル解体・撤去の手順 ※クリックで拡大

シールドトンネルの解体は本来であればセグメントピースの切れ目に沿って行うことが望ましいが、解体着手時点でトンネル内の中央にはすでに上部の掘削用の杭が貫通しており、作業スペースが限定された。このため、セグメントの切断はピース同士の切れ目を無視し、左右対称に全部で11個に分割して搬出することとした。シールドトンネルの解体の手順は以下のとおりである。

(1)二次覆工縁切り(両端)
シールドトンネルは掘削に伴い上から掛かる荷重が減少すると地下水の水圧で浮き上がるが、この影響が撤去しない区間にまで及ぶことは好ましくない。そのため、シールドトンネル側部の掘削(6次掘削)の前に撤去区間両端のトンネル内で二次覆工を切断しておく。

(2)6次掘削・セグメント切断
トンネルの上部1/3程度の深さまでトンネルの側部を掘削する。この際、土留壁が掘削範囲内に倒れ込まないように本来であれば横梁を設置するが、今回の場合シールドトンネルが邪魔をして設置できないため代わりに土留壁から斜め下に向けてグラウンドアンカーを打ち込む。掘削完了後はトンネルにワイヤーソーを通すための穴を開け、ワイヤーソーでセグメントを切断する。

(3)セグメント搬出
セグメント切断が完了したら、クレーンで地上に搬出する。切断済のセグメントは不安定となるため、必要に応じて下から足場を仮設するなどして落下しないよう支えておく。

(4)7次掘削・セグメント搬出
トンネルの上1/3の撤去が完了したら、新設トンネルの床に相当する深さまで側部を掘削する。(7次掘削)その後は(2)(3)の手順を繰り返して引き続きトンネルを解体していく。

(5)インバートコンクリート・下部セグメント解体・搬出
側部の解体が完了したら、トンネル床面のインバートコンクリートを破砕し、下部セグメントを露出させる。露出させたセグメントはピース同士のボルトを切断し、クレーンで地上に搬出する。

このようにしてシールドトンネルの解体・撤去が完了した後は底面を整地し、鉄筋コンクリート製のボックストンネルを構築した。なお、新トンネルのうち新木場側40mと大崎側24mについては隣接工区の工事でも使用するため、仮設の仕切り壁を設置して他の部分よりも早期に完成させている。このような幾多もの工期短縮に向けた工夫により、天王洲アイル駅暫定開業1年前にはトンネル本体の工事は大方完了させることができた。

●現地写真(地上)
トンネル真上の交差点から品川埠頭コンテナターミナルを見る。奥に対岸のお台場の観覧車などが見える。
トンネル真上の交差点から品川埠頭コンテナターミナルを見る。奥に対岸のお台場の観覧車などが見える。2011年7月23日撮影

品川埠頭は天王洲アイル駅近くにある野球場を除けば純然たる工業地帯で、1人、徒歩での現地調査はかなり躊躇していたが、実際の状況がわからないことにはレポートをお送りできないということで昨年夏に現地調査を敢行してきた。工業地帯の真ん中で写真を撮っているのは傍から見て明らかに不審に見えたことだろうが、職務質問などを受けることは無かったのは幸いといえるだろう。(別に産業スパイなど違法行為をしているわけではないのだが。)
調査したのは土曜日の昼間であったが、りんかい線のトンネルの上にある品川埠頭の入口の道路は、首都圏の朝ラッシュ時並みの密度で海上コンテナを積んだトレーラーが行き来しており、これでは交通規制がままならないというのも納得であった。トンネル建設に伴い地面が掘り返されたのはこの写真の画面左端に見える交差点の角あたりであるが、地上にトンネルの存在をうかがわせる施設は無く、路面の舗装も開業から10年が経過し、周囲と同化してしまっていることからどこまで手を加えたのは判別できない。

松岡冷蔵倉庫の建物 松岡冷蔵倉庫の荷捌きステージ
左:松岡冷蔵倉庫の建物。
右:松岡冷蔵倉庫の荷捌きステージ。2枚とも2011年7月23日撮影

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京葉線のシールドトンネル建設にあたって強硬な反対を行ったとされる松岡冷蔵倉庫は、当時の建物が現在もそのまま使用されている。荷捌きステージは道路側に面した建物の壁面に8個設けられており、建物と道路の間はトラックが1台止まれるくらいのスペースしかなく、工事の際苦労したであろうことがうかがえる。荷捌きステージの前の地面は真新しいコンクリートとなっているが、倉庫自体の外壁も最近改修したように見えることから、この地面がりんかい線の工事の際敷設されたものなのか、倉庫の改修にあわせて一緒に敷設されたものなのかは判断できなかった。

燻蒸倉庫が無くなり、普通の倉庫に改築された日本通運の倉庫。 燻蒸倉庫の跡地はトレーラーの駐車場になっている。
左:燻蒸倉庫が無くなり、普通の倉庫に改築された日本通運の倉庫。
右:燻蒸倉庫の跡地はトレーラーの駐車場になっている。2枚とも2011年7月23日撮影

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道路を隔てて松岡冷蔵の向かいにあった日本通運の燻蒸倉庫は何と跡形も無く消滅し、トレーラーの駐車場になっていた。燻蒸倉庫が無くなった時期は不明であるが、3年前にりんかい線の資料集めを始めた頃には地図上からその存在が消えていたことから、少なくともそれ以前には閉鎖されていたものと思われる。燻蒸倉庫跡地の隣には最近新築されたと思われる日通の倉庫があるが、Googleのデータによるとこの施設は「日本通運(株) 東京海外引越支店営業第一部営業第一グループ」という名称らしく、引き続き海外からの荷物は扱ってはいるものの、その業務は単なる集配に特化されている模様である。燻蒸倉庫が無くなったのは衛生状態の向上に加え、燻蒸作業を土地代や人件費が安い海外(生産地)で行うことが一般化したためのようだ。地下の線路の形状まで影響を及ぼした施設がこうもあっけなく消滅してしまうという現実を見ると、苦闘を強いられた鉄建公団の担当者が何とも不憫に思えてしまう。

品川埠頭トンネルの地上。中央に見える白い建物がトンネルの換気塔。
品川埠頭トンネルの地上。中央に見える白い建物がトンネルの換気塔。2011年7月23日撮影
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松岡冷蔵倉庫の前で本線と入出庫線が分岐した後、本線は道路に沿って天王洲アイル駅方面に進む。トンネルの上部には換気施設と変電所が設けられており、この換気塔が道路脇のコンテナ置き場の一角に設けられている。換気塔はお台場地区にあったものとは異なり、機能優先の無機質な白色の建物となっており、換気口は屋上と側面に開いている。また、道路側の壁面には人1人が出入りできるくらいのサイズの扉が付いているが、これがトンネルの非常口として設けられている物なのか、資材搬入口なのかは表記が無いためよくわからない。

●現地写真(地下)
品川埠頭トンネルの始点。シールドトンネルより開削トンネルの方が幅が狭い。 分岐後。左に進むのが東臨運輸区(八潮車両基地)へ向かう入出庫線。
左:品川埠頭トンネルの始点。シールドトンネルより開削トンネルの方が幅が狭い。
右:分岐後。左に進むのが東臨運輸区(八潮車両基地)へ向かう入出庫線。2枚とも2011年7月9日撮影

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こちらは下り列車から撮影した品川埠頭トンネルの内部である。前回と同様動画から切り出したもので、夏の節電期間中だったこともありトンネル内の照明が少なく、画質が悪い点はご容赦願いたい。
左の写真は入出庫線と本線が分岐する直前の映像で、直進する入出庫線から右側に16番片開き分岐器(制限速度60km/h)で本線が分岐していくのがわかる。(分岐点のキロ程は新木場起点6km820m。)入出庫線はこの時点では複線となっており、下り本線は右側の入出庫線と平面交差しているが、入出庫線はそもそも通過本数が非常に少ないので平面交差が問題になることはほとんどない。右の写真は分岐後の映像で、左側に外れていく入出庫線のトンネル(八潮トンネル)はすぐに複線シールドトンネルに戻っていることが分かる。一方、自分が乗っている本線は右側にカーブする開削トンネルを進み、天王洲アイル駅へ向かう。
なお、本記事作成時点でのWikipediaにはこの入出庫線・車庫線の分岐点について「品川埠頭分岐部信号場」なる独立した記事が作成されているが、工事誌に掲載されている配線図によるとこの分岐点は天王洲アイル駅構内という扱いになっている。 2012年5月14日追記:その後、読者の方よりで「東京テレポート駅構内ではないか」との情報をいただきました。これについてはコメント欄をご参照ください。本記事の内容ついては当面の間「調査中につき保留」とさせていただきます。) Wikipediaの記事は編集履歴を見る限り、初版がIPユーザーによって作成されたものであり、その時点で一切出典が示されていないことやそれ以降ほとんど加筆訂正も無いこと、さらにGoogleなどで「品川埠頭分岐部信号場」と検索してもWikipediaの記述をまる写ししたと思われるページしか出てこないことから、その信憑性には大きな疑問が残る。ただし、開業後に独立した信号場に格上げされた可能性も無いとは言い切れないので、ここでは一応両論併記としておく。この件について正確な情報源のお持ちの方がいらっしゃればぜひともお知らせ願いたい。(なお、りんかい線の信号機は閉塞番号や場内・出発の種別を示す表記が一切ないため、信号機を見ただけではどこまでが停車場・信号場の構内なのかは判別できない。)


りんかい線前面展望・4/7 東京テレポート→天王洲アイル - YouTube 音量注意!

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Facebookのコメント

コメント

品川埠頭分岐部信号場
管理人様

はじめまして。いつも興味深く拝見しております。

すでにさまざまな資料を集めていらっしゃると思いますが、品川埠頭分岐部信号場について少し気になったので調べてみました。
古い資料で申し訳ありませんが手元にある、平成20年の鉄道要覧では回送線そのものが路線として認知されておらず、信号場の記載もありませんでした。

もう1つ、新潮社の『鉄道旅行地図帳 東京』を確認したところ、こちらに品川埠頭分岐部信号場の記載がありました。
ただ、この本自体がさまざまな情報の寄せ集めで、信号場の根拠とするには不十分でした。

ただしWikipediaの該当ページの初版が2010年、本の出版が2008年ですから、Wikipediaの記載はこの本に基づいている可能性があるのではないかと思います。
この本が何の資料に基づいて信号場を記載しているのかまでは突き止めていませんが、今後もしわかることがあればまたお知らせします。

非常に些細な情報ではありますが、研究また正確な鉄道情報の発信の一助となれば幸いです。

失礼します。
2012/05/01 13:15 | URL | 投稿者:国鉄型すとーかー [編集]
Re: 品川埠頭分岐部信号場
国鉄型すとーかー 様

情報の御提供ありがとうございます。

1つ目の鉄道要覧ですが、実は本記事を公開する直前に地元の図書館にあるのを突き止めて閲覧してみたのですが、ご指摘の通り分岐部分については一切記述が無く詳しいことは判明しませんでした。このため、本文中にも特に記載はしておりません。
2つ目の「鉄道旅行地図帳」はノーマークでした。次回図書館に行った際確認してみたいと思います。(ただ、ネット上をざっと調べたところでは記載内容にかなりの間違いがあるそうで、国鉄型すとーかー様の類推の通り正確な情報源として使うには無理がありそうですね。)
2012/05/04 18:40 | URL | 投稿者:takuya870625(管理人)

確かにりんかい線では通常「場」「出」としか書かれないであろう単純な絶対信号には何も表示が無いのですが、この辺りの絶対信号には信号名の小さな表示板が付いています。
記憶が正しければ、天王洲アイルから東京テレポートへ向かう方向については、順に「なにもなし(進路予告付き)」「1場(?)(2進路)」(合流点)「2番2場」「3場」「4場」となっていたかと思います。状況的にみて最初の信号が天王洲アイルの出発信号と推測されますので、合流点は信号・運転取扱上は完全に『東京テレポート駅の』構内の扱いになっている模様です。
また、このページにある逆方向のyoutubeの動画でも、最初の3つの信号の左下に、小さく「1出」「2出」「本(?)3出」(分岐後は第1閉塞 (閉塞信号識別標識有り))の札が確認できます。このうち後の2つはなかなか厳しいですが、1出は0:35付近でフォーカスも合っているので、割と確認しやすいかと思います。両方向の入換信号機の配置(場内にしか有りえない)も含め、こちらも東京テレポート駅構内の扱いに符合します。

2012/05/13 20:53 | URL | 投稿者:おおいわ [編集]
Re: タイトルなし
おおいわ様

> 確かにりんかい線では通常「場」「出」としか書かれないであろう単純な絶対信号には何も表示が無いのですが、この辺りの絶対信号には信号名の小さな表示板が付いています。

東京テレポート駅の大崎方の信号機にある入換信号機は現地調査の段階から存在を把握はしていたのですが、この部分は第一期開業時に留置線として使われていたことから、当初はその名残ではないかと考えていました。しかし、おおいわ様の情報をもとに、再度動画を見直したところ、確かに信号機に「1出」「2出」・・・のような表記が添えられていることを確認しました。動画から切り出した画像を貼ります。

東京テレポート駅出発直後:「1出」
http://blog-imgs-50.fc2.com/t/a/k/takuya870625/teleport-shinagawafuto_shignal1.jpg

東京テレポート駅~13号地立坑:「2出」(?ピンボケのため不明瞭)
http://blog-imgs-50.fc2.com/t/a/k/takuya870625/teleport-shinagawafuto_shignal2.jpg

天王洲アイル駅折り返し用片渡り線手前:「本3出」「2番3出」
http://blog-imgs-50.fc2.com/t/a/k/takuya870625/teleport-shinagawafuto_shignal3.jpg

分岐後:「1」(第1閉塞の意?)
http://blog-imgs-50.fc2.com/t/a/k/takuya870625/teleport-shinagawafuto_shignal4.jpg

天王洲アイル駅ホーム手前:表記なし(場内信号機?)
http://blog-imgs-50.fc2.com/t/a/k/takuya870625/teleport-shinagawafuto_shignal5.jpg

このような表記よりご指摘の通り、分岐部分は東京テレポート駅構内として扱われている可能性も考えられます。恐れながら、これまで工事誌を見る際は土木工事のこと中心に調査しており、信号や電気設備に関してはほぼ完全スルーとしてしまっていました。この点は工事誌の信号機の結線図が最も確実と思われますので、今後再度調査をしたいと思います。
(この件について本文については当面の間「保留」としておきます。)
2012/05/14 21:25 | URL | 投稿者:takuya870625(管理人)
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