坑口~馬喰町駅入口 - 総武・東京トンネル(3)


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■坑口~馬喰町駅入口のルート

総武トンネル 坑口~馬喰町駅入口のトンネル位置図
(C)国土交通省 国土情報ウェブマッピングシステムカラー空中写真データ(昭和54年)に筆者が加筆

錦糸町駅から盛土高架を走ってきた総武快速線は両国駅の手前にある「亀沢架道橋」(清澄通り)を渡ると33.4パーミルの下り勾配で一気に地下へ入り、隅田川をくぐったあとは柳橋地区の民有地の下を突っ切り、神田川にかかる浅草橋付近で江戸通りの地下に入り、馬喰町駅へ至る。途中、隅田川中央部で総武緩行線、浅草橋の下で都営地下鉄浅草線とそれぞれ交差している。半径400~500mのカーブと20~30パーミルの急勾配が連続し、本線部分ではもっとも線形が悪い。

■両国トンネル:3km320m74~3km140m74(L=180m00)
▼参考
工事誌(総武線)378~380ページ

●概説
トンネル坑口から両国駅駅舎付近までの180mの区間は「両国トンネル」という。33.4パーミルの急勾配で、上り坂となる千葉方面行きの列車はフルノッチで加速していても速度が低下する。この区間は建設当時は国鉄の貨物駅構内であり、掘削深度も浅いことから開削工法で建設され、勾配とカーブの途中にあるためか、下り線(千葉方面)のトンネルが若干長い。また、坑口上部には換気設備(「'''両国換気所'''」)が設けられ、上り線の送風と下り線の排気を行う。

●現地写真
江戸東京博物館2階のテラスから眺めた総武トンネル入口。
江戸東京博物館2階のテラスから眺めた総武トンネル入口。2010年8月14日作成

総武トンネルの坑口は国鉄の貨物駅跡地に建設された江戸東京博物館の2階のテラスから見下ろすことができる。下り列車(トンネルから出る列車)に関しては通過の数分前から坑口から風が吹き出すため列車が近づいているのが良くわかる。トンネル坑口は上下線で若干位置が異なり、下り線のほうが手前側にある。線路の両側は地上高からさらに3mほど壁が立ちあがっているが、これは万一荒川や隅田川が大雨や高潮により高水位となり堤防が決壊した際にその氾濫水がトンネル内に流入するのを防止するための隔壁の役割を果たすものである。この防水壁は河川管理者(国・都)から設置が義務付けられているもので、隅田川東側にトンネル坑口を持つ地下鉄各線にも設置されている。

▼参考
東京ゼロメートル地帯における地下鉄道開口部浸水対策の概要(国土交通省河川局ゼロメートル地帯の高潮対策検討会)


両国トンネル上部。奥に江戸東京博物館。

国鉄貨物駅の跡地は再開発され、両国国技館と江戸東京博物館が建っている。両国トンネル上部は江戸東京博物館へ向かう通路となっている。また、坑口上部の両国換気所(右の扉の付いた建物)は昔の航空写真と現地の状況を見比べる限り建設当初と位置が変わっており、再開発の際に建て直されたものと思われる。

▼参考:現在の航空写真
Yahoo!地図情報(東京都墨田区横綱1丁目)


連結送水口


上の写真を撮った通路の脇には消火用水の連結送水口が設置されている。上の解説を見ると「トンネル内連結送水管放水可能範囲」と書かれており総武トンネルにつながっていることが判る。

■隅田川トンネル:3km140m74~2km796m20(L=344m54)
▼参考
工事誌(総武線)618~626、378~380ページ

●概説
両国駅前の道路から隅田川の対岸までは「隅田川トンネル」という。その名の通り川の下を通過しており、中央部で総武緩行線の橋梁と45度の角度で交差する。この部分の工法に関しては以下の5案が検討された。


A案:締切開削工法
川の中に仮設の壁を造って水の浸入を防ぎ、その中を掘削してトンネルを埋め込む。
B案:沈埋工法
川底を掘り下げ、そこに陸上で作ったトンネルを置く(杭を打って地盤に固定)
C案:締切築島ケーソン工法
川の中に仮設の壁(築島)を造ってそこに陸上で造ったトンネルを置き、下部を掘り下げて埋め込む。
D案:フローティング(鋼殻)ケーソン工法
C案と似ているが仮設の壁は無く、トンネル本体に水を入れ川底まで沈め、下部を掘り下げて埋め込む。
E案:凍結併用シールド工法
地盤を液体窒素などで凍らせ、その中にシールドトンネルを造る。

また、施工上の制約としては以下の3点があった。
1、水面下20mに及ぶ軟弱粘土層の分布
2、総武緩行線隅田川橋梁への影響を与えないこと
3、船舶が1日あたり400隻通過するため常時川幅の2/3を解放すること

これらの条件を勘案した結果A案は粘土層の掘削が不可能、B案は国内での事例が無く技術開発に時間がかかる、D案は沈埋作業が難しい、E案は水中での長距離施工が難しいといった問題があり、費用も一番安いC案の「締切築島ケーソン工法」に決定した。


隅田川トンネルブロック図
(C)国土交通省 国土情報ウェブマッピングシステムカラー空中写真データ(昭和54年)に筆者が加筆

隅田川トンネルは全部で11のブロックに分割されており、東京方から9番までがケーソン工法、10・11番が開削工法で建設された。一番東京寄りの1番目のブロックは馬喰町駅へ向かう柳橋トンネルのシールド発進立坑を兼用する。また、陸上にある9番目のブロックがケーソン工法となっているのは川に近く大量の湧水の恐れがあったためである。
ケーソンの埋め込みは5回に分けて行われた。トンネルに近い総武緩行線の橋梁は念のため薬液注入(地盤改良)による補強を行い、特に影響を与えることなく工事は完了した。

●現地写真

両国駅駅舎の脇から隅田川方面を見る

隅田川トンネルは両国駅前ロータリーの脇から始まる。道路を越えると一瞬民有地の下を通る。両国パールホテル(左の「昭和天ぷら粉」の広告があるビル)とライオン東京本店(右の「ソフラン」の広告があるビル)間の駐車場の下だ。


総武緩行線隅田川橋梁とE231系電車

隅田川トンネルは画面奥に向かってまっすぐ通っており、総武緩行線の橋梁とは45度で交差している。土被りは最も厚い部分で5m、もっとも薄い部分で1.4mと全体的にかなり薄い。ちなみに、隅田川の両岸には「隅田川テラス」という遊歩道が整備されているのだが、西側(画面奥、浅草橋側)の岸についてはトンネル建設時にはまだ存在しなかった。つまり、トンネル上部に盛土をして遊歩道を造っているわけである。荷重制限などは大丈夫なのだろうか?


堤防に掲げられている構築物表記


トンネルが直下を通る堤防には「国鉄構築物河底通過標識」と書かれた板が埋め込まれており、埋設深さ・幅員などが書かれている。トンネル自体は建設後にきれいに埋め戻されたため、柳橋トンネルのシールド機発進立坑となった1番目のケーソン部分も含め、その存在を示す物体はこの表記以外一切無い。トンネル内ではこの1番目のケーソンとシールドトンネルの断面変化を確認できるため意外であった。

■柳橋トンネル:2km796m20~2km342m18(L=454m12)
▼参考
工事誌(総武線)378~380・526~528ページ

●概説
隅田川西岸から馬喰町駅までは「柳橋トンネル」といい、単線シールドトンネル2本で建設されている。勾配は下り22.5パーミルが連続した後、馬喰町駅の直前で上り3.0パーミルに変化する。また、馬喰町駅の手前に半径400mのカーブが入る。地上はほとんどが民有地でいくつかの建物は沈下防止のため薬液注入による補強を行っている。
なお、この区間では将来のトンネル技術開発の基礎資料収集のため、配筋や締結方法の違う複数種類のセグメントを使用し、応力・ひずみなどの測定を行った。

●現地写真

トンネル名称の由来となった柳橋

隅田川から浅草橋までは民有地の下を非開削で抜けており、地上にはトンネルの存在をうかがわせるものは何もない。この地区は江戸時代花街(芸子屋街)だった場所で、その名残で料亭が集まり、神田川は屋形船の係留場と化している。


浅草橋


左:都営浅草線の河川占用許可標
右:護岸に埋め込まれた柳橋トンネルの埋設標識


浅草橋の下にはケーソン工法で建設された都営浅草線が通っている。柳橋トンネルはその下を通るため、浅草線のトンネル周囲に薬液注入を行い沈下防止の補強をしている。浅草橋の北詰には都営浅草線の埋設を示す看板が掲げられているが、柳橋トンネルについての標記は見当たらない。ここでも何も見つからないのかと半分諦めつつ反対岸の足元を見ると、右の写真の通り護岸にきっちりと「日本国有鉄道」と書かれたが埋め込まれていた。これこそ柳橋トンネルの存在を示す証拠である


共同溝工事が行われている浅草橋交差点と地下道入口(馬喰町駅にも通じる)

浅草橋の先では江戸通り・靖国通り・清杉通り・両国郵便局通りと4つの道路が交差しており、この部分から柳橋トンネルは江戸通りの下を進むようになる。この交差点では現在共同溝の工事が行われており、2つの地下鉄道やライフラインが網の目のように交差する中にさらにトンネルを掘るということを行っている。一体東京の地下はどのような構造になっているのだろうか?もはや想像も付かない世界である。

(つづく)

<更新履歴>
2009年12月4日一部追記
2010年8月20日坑口付近に関して内容を変更 このエントリーをはてなブックマークに追加
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コメント

今は無き両国駅の発着ホーム
両国駅は外房と内房、総武方面の列車があった。蒸気機関車が牽引する旧型客車が活躍したのは遠い昔のことだ。東京の下町を経由する総武線に蒸気機関車があったのは懐かしいな。石炭の煙で東京の下町は真っ黒になったんだ。両国駅の発着ホームは無くなり、総武・東京トンネルが完成し、外房と内房と総武は電化され、蒸気機関車が廃止となった。JR東日本の蒸気機関車D51498は錦糸町~品川間の東京トンネルを走行することが出来ない。12系客車と蒸気機関車D51498が総武線と横須賀線の地下トンネルと京葉線の地下トンネルを走行したらどうなるのか心配だ。
2011/01/03 20:52 | URL | 投稿者:タクロウ [編集]
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