小田急線複々線・連続立体交差化工事(1・完成区間)



東京都の新宿と神奈川県の小田原・片瀬江の島を結ぶ小田急線の向ケ丘遊園~代々木上原間では現在踏切の解消と輸送力向上のため複々線化・連続立体交差化事業が行われています。この事業について、2回に分けて概要と現在の進捗状況をお伝えしたいと思います。1記事目の今回は事業が完成した神奈川県川崎市の登戸駅から東京都世田谷区の梅ヶ丘駅までについてお伝えします。

■小田急線複々線・連続立体交差化事業の概要と歴史

大きな地図で見る
複々線化・連続立体交差化が完成した小田急線向ケ丘遊園~梅ヶ丘間の地図(Googleマップ)

小田急線の複々線化・連続立体交差化事業は小田急線向ケ丘遊園(計画上は新百合ヶ丘まで)~代々木上原間を複々線化し、あわせて高架化・地下化を行うことで区間内にある39の踏切を解消するというものです。完成時には列車の増発と所要時間の短縮が実現し、小田急線の朝ラッシュ時の混雑率は208%(一部区間が完成した現在は188%)から160%へと大幅に改善される見込みです。また、「開かずの踏切」が解消され交通渋滞による環境悪化や地域の分断の解消に寄与することとなります。

この事業は1962(昭和37)年に当時の運輸省内に設置されていた都市交通審議会の第6号答申で示された東京8号線(のちの9号線、現在の東京メトロ千代田線)の建設計画が原型となっています。その後、この計画は小田急線を複々線化することにより千代田線を延長する形で確定し、事業区間うち和泉多摩川~喜多見間2.4kmは1985(昭和60)年に、喜多見~世田谷代田間6.4kmは1964(昭和39)年にそれぞれ高架化(ただし、成城学園前駅については当初地表、後に掘割に変更)する都市計画決定がなされました。しかし、実際の工事完了は前者が1997(平成9)年、後者は都市計画決定から実に40年後の2004(平成16)年までずれ込むこととなりました。ほぼ同じ事業規模であるJR中央線の連続立体交差化が都市計画決定から16年で完成(予定)であることを考えると、その異様さは際立っているといえます。このように事業が長期化してしまった理由は、言わずと知れたあの高架化差し止め訴訟、通称「小田急高架化訴訟」を筆頭とする沿線住民の激しい反対運動があったためです。
小田急高架化訴訟は小田急線の高架化に際し、世田谷区内の沿線住民37人が騒音の発生により住環境が悪化するとして国に対し高架化の差し止め(工事認可の取り消し)を求めたものです。この裁判で原告となったのは鉄道の高架化用地ではなく付帯する側道の用地に住んでいたり、事業用地ではない周辺に住む住民のみです。そのため、これら住民に訴訟を起こす資格(原告適格)があるのかが裁判の1つの争点となりました。裁判の経過を大雑把に示すと以下の通りとなります。

1994(平成6)年6月30日 東京地方裁判所
住民が事業認可取り消しを求め提訴(被告は建設大臣)

2001(平成13)年10月3日 東京地方裁判所
工事認可を取り消す(側道用地の住民9人に原告適格を認め、住民勝訴)→国が控訴

2003(平成15)年12月18日 東京高等裁判所
原告の訴えを棄却(1審判決を変更し原告適格を否定、住民敗訴)→原告が上告

2005(平成17)年12月7日 最高裁判所大法廷(中間判決)
工事認可を取り消す(原告適格を住民37人全員に認め、住民勝訴)

2006(平成18)年11月2日 最高裁判所第一小法廷(本案判決)
原告の訴えを棄却(環境面に与える影響は少ないとして住民敗訴)→確定

▼参考
裁判所(判例検索システム)

※なお、住民による高架化反対運動は都市計画決定直後から行われており、行政に対し地下化への変更等数々の陳情を行っている。よって、最初から「裁判ありき」であったわけではない。

このように判決は二転三転しましたが、幸いなことに工事の方はストップすることなく進められ、和泉多摩川~梅ヶ丘間に関しては2004(平成16)年11月に高架化・複々線化が完成、翌月にはダイヤ改正が行われ所要時間の短縮が実現しました。なお、線路の複々線化と高架化は都市計画上別のものとして扱われており、費用配分は複々線化が小田急の全額負担、高架化とそれに伴う側道整備が東京都と小田急の折半(86%対14%)となっています。
また、多摩川をはさんだ対岸の神奈川県内にある登戸駅はJR南武線と交差する関係上既に高架化されていましたが、利用者数が多いことからこの駅についても複々線化することとなりました。しかし、複々線化に必要な川崎市の駅前区画整理事業が遅れており、小田急電鉄の用地を最大限に活用する形で暫定的に3線化することとなり、2009(平成21)年3月14日より使用が開始されています。
一方、都心側の未着工区間である梅ヶ丘~代々木上原間2.4kmについては住宅密集地であることや前述の反対運動などを考慮し、地下化することとし2004(平成16)年3月に都市計画決定がなされました。現在はトンネル建設が進んでいますが、営業線直下での難工事となるため、最終的な完成は2013(平成25)年頃を見込んでいます。(この区間については次の記事で解説予定)

■複々線化・高架化完成区間

小田急線複々線・連続立体交差化事業区間の現在の配線図
※クリックで拡大

複々線化・高架化が完成した向ケ丘遊園~梅ヶ丘間は急行線が内側、緩行線が外側という形となっています。緩行線のみにホームがある駅は片面ホーム、急行線・緩行線双方にホームがある登戸・成城学園前・経堂の3駅は島式ホーム(登戸の下り線は片面)となっており、片面ずつ使用することでホーム上で各駅停車と優等列車の乗り換えが可能なよう配慮されています。以下、各駅の概要を写真を使用しながら解説したいと思います。なお、取材は一部を除き2008(平成20)年10月19日と古いため、現状と異なっている個所が多々あります。ご了承ください。

●登戸駅

左:3線化工事中の登戸駅構内。
右:ホーム端から向ケ丘遊園駅方面を見る。3線区間はこの先向ケ丘遊園駅まで続く。通過中の7000形「LSE」は今月初め、台車に損傷が見つかり運休中。老朽化が原因とも言われておりそのまま廃車となる可能性も否定できない。

※クリックで拡大

向ケ丘遊園~登戸間は上り線のみが複線化されており、登戸駅は上り線が島式ホーム、下り線が片面ホーム(形状的には将来の島式化を考慮)となっています。線路はいずれも最近開発されたラダ―まくらぎを使用した直結軌道で、駅間については消音バラストを散布することで騒音・振動を抑えた構造となっています。

●和泉多摩川駅

2008年時点では和泉多摩川駅から先が複線となっていた。手前ではホームの延伸工事が始まっている。

2008年の取材時点では多摩川橋梁が上り線(複線)しか完成していなかったため、複々線区間は登戸駅の隣の和泉多摩川駅までとなっていました。和泉多摩川駅は暫定的に8両分のホームとなっており登戸寄りに仮設のポイントを設置し、急カーブで強引に複線へ収束させていました。現在は下り線の橋梁が完成し、登戸駅の直前まで複々線がとなっています。

●成城学園前駅

成城学園前駅ホーム

成城学園前駅は優等列車の停車駅であるため、急行線にもホームがある2面4線の構造となっています。当初この駅は地平に線路が置かれる予定でしたが、街が分断されるのを避けるため掘割構造としたうえで上空に人工地盤を設置しホームを地下に置く形に変更されました。地下化された線路の上空にはバスターミナル、駐輪場、駅ビル「成城コルティ」などが建設され、街づくりのスペースとして活用されています。なお、複々線化にあわせて当駅西側に喜多見検車区が新設されており、複々線のさらに外側から連絡線2本が延びています。


ホーム端から登戸方面を見る。右側の直進する線路が喜多見検車区へ通じる。本線にも多数のポイントがあるのが分かる。

●千歳船橋駅

千歳船橋駅ホーム

各駅停車・区間準急のみが停車する梅ヶ丘・豪徳寺・千歳船橋・祖師ヶ谷大蔵・喜多見・狛江・和泉多摩川の各駅は複々線の両側に片面ホームが1面ずつ付くだけの単純な構造となっています。これらの駅は日中列車間隔が10分ほど空く時間帯があるため、ホーム上には冷暖房付きの待合室が設置されています。


千歳船橋駅のホーム端から新宿方面を見る。複々線を最大限に活用していることがわかる図。(2008年3月16日撮影)

この事業で複々線・高架化された区間はいずれも弾性まくらぎ直結軌道となっています。この軌道はコンクリートの高架橋床版上に防振ゴムを介して軌道を敷設するもので、軌道狂いが少なく省メンテナンスを実現しています。また、レールはほぼ全線で60kgロングレールを採用し、軌道回路の境界部には段差ができないよう斜めに切り込みを入れた接着絶縁継目を使用することで、騒音・振動を大きく低減しています。このほか、消音バラストの散布や新幹線で使用されている大型の防音壁を線路両側に設置することで周囲への騒音拡散を可能な限り抑えています。この点は前述の高架化反対運動を考慮したものと見ることができるでしょう。


斜めに切り込みが入る接着絶縁継目。登戸駅構内で撮影。

●経堂駅

左:経堂駅登戸方の複雑なポイント群を上り列車から見たところ。
右:同じ列車から見た同駅新宿方。左は地上時代から存在する留置線。

※クリックで拡大

経堂駅は上り線のみ通過線があるやや変則的な構造となっています。このような構造となっているのは過密ダイヤとなる朝ラッシュ時に優等列車への利用客集中を抑え、スムーズに運行するためであると言われています。朝ラッシュ時を重視して上り線のみに通過線を設けるという点では、先日急行運転が開始された東急大井町線の上野毛駅に類似していると言えるでしょう。
なお、経堂駅の新宿寄りには以前小規模な車両基地があり、高架化後も留置線2本+保守用側線3本に規模を縮小しながら存続されています。この留置線は上り線(緩行・急行)・下り線(急行)の両方向に出入りが可能で、ラッシュ時とデータイムで利用者数の差が大きい都心側の輸送力調整に活用されています。

●梅ヶ丘駅

ホーム手前のポイントで急行線から緩行線に入る各駅停車。手前のホームはポイントの部分で不自然にえぐれた形になっている。

現在複々線化が完成しているのは梅ヶ丘駅までです。梅ヶ丘駅の新宿方で複々線から複線に収束することになりますが、当駅のホーム東端の先はすぐに地上(将来は地下)へ降りる急勾配となっており、ポイントを設置するスペースがありません。そのためやむを得ずホームの途中に緩行線・急行線の分合流ポイントを設置することとなり、緩行線ホームは暫定的に8両編成分の長さで使用されています。また、ポイント付近はカーブしている分車両が外側にはみ出して通過するため、支障となるホーム端部の一部が未施工の状態となっています。

この先代々木上原駅の手前までは地下化工事が進められています。この区間は住宅密集地であることや京王井の頭線と交差することから数々の特殊工法が用いられています。これについては次の記事で解説したいと思います。

▼参考
複々線化事業|会社案内|小田急電鉄
小田急電鉄小田原線の連続立体交差事業に着手!|東京都
悲願の小田急線立体化事業 - 狛江市役所
→小田急線高架化にまつわる狛江市の苦難のエピソード
もぐれ小田急線
→高架化に反対する住民による主張を示したホームページ(裁判の終結に伴い現在は更新終了)

このエントリーをはてなブックマークに追加
スポンサード リンク

Facebookのコメント

コメント

小田急線の立体交差と複々線、地下化の完成はいつ?
小田急線は立体化と複々線化、地下化の工事が進んでる。複線の頃は通勤の車内の混雑が大きな問題となったからだ。踏切は交通量が多く、渋滞で時間がかかった。開かずの踏切で大きな問題となったから立体交差や地下区間が完成したんだ。下北沢の地下区間と登戸の複々線化はいつ頃完成するのか教えて下さい。日帰り又は一泊の箱根へのロマンスカーに乗る時にも複々線と地下を通る時に所要時間はどのくらいになるか調べて下さい。
2010/06/19 21:12 | URL | 投稿者:タクロウ [編集]
Re: 小田急線の立体交差と複々線、地下化の完成はいつ?
タクロウさま>
本文中でリンクしている小田急電鉄のホームページ(http://www.odakyu.jp/company/business/railways/four-track-line/index.html)によると世田谷代田~東北沢間の地下化は2013年度の完成が予定されています。(登戸駅付近に関しては川崎市の区画整理の進捗次第です。)この地下化が完成すると新宿方面へ向かう急行の所要時間は現在と比べてさらに4分短縮(各駅停車は2分短縮)される予定です。
2010/06/21 23:37 | URL | 投稿者:takuya870625(管理人)
小田急複々線化
やっと完成が見えてきました
仕上げは上原・新宿間の複々線化だと思います
現状はどのようになっていますか
現路線直下 シールド急行線にすれば
そんなに大変ではないと思いますが
2011/08/15 14:42 | URL | 投稿者:向井 まち [編集]

>仕上げは上原・新宿間の複々線化だと思います

現時点で、小田急はこの区間の複々線化は検討していません。

たとえ現路線直下にシールド工法で急行線を建設するにも、この区間ではシールドマシンを入れるための工事用地が確保できません。
また、地下に急行線となると、新宿駅の構造がネック(各停は地下、急行・特急は地上)です。
おそらく既存設備は一切利用できませんのでゼロから設計しなおすしかなく、費用面も建築構造上も今以上の大プロジェクトになり、実現困難です。
それよりは新百合ヶ丘までの複々線化が先でしょう。

その代替策として、小田急は複々線化後に一部各停を10両化する準備を進め、この区間の南新宿、参宮橋、代々木八幡の各駅を10両対応させる工事を進めています。

今となっては昭和30年代の輸送力増強5ヵ年計画にあった、参宮橋の待避線設置が中止になったことが悔やまれます。
2011/08/17 14:38 | URL | 投稿者:後藤一彦 [編集]
Re: 小田急複々線化
向井 まち様・後藤一彦様

お二方ともご意見ありがとうございます。
小田急線の複々線化ですが、記事の冒頭に記載したように都市高速鉄道9号線(東京メトロ千代田線)の一部として計画されております。従いまして、後藤様のご発言の通りその範囲外となる新宿~代々木上原間の複々線化は現時点では計画されておりません。向井様のご発言の通り、南新宿~代々木上原間については現在線の地下にトンネルを建設できないことはありませんが、この間には首都高速中央環状新宿線山手トンネルや暗渠化された宇田川(渋谷川の支流)などの地下構造物があり、深部にトンネルを建設する難工事となることが予想されます。また、何より新宿駅構内は現状、線路上空に歩行者用のデッキが建設されている一方、地下は都営大江戸線が通るなど深部まで高度に利用され尽くした状態であり、地上・地下ともに新たな線路を建設するのは非常に困難です。このため、新宿~代々木上原間の複々線化の可能性はほぼ無いと見てよいでしょう。
2011/08/19 14:25 | URL | 投稿者:takuya870625(管理人)
コメント機能をご利用の際は必ず注意事項のページをご覧ください。
不適切な投稿内容は修正・削除される場合があります。また、内容によっては管理人からのレスが付かない場合がございます。確実に返信が欲しい場合はEメールをご利用ください。

管理者にだけ表示を許可する(管理人からの返信が付きません)


最新記事

首都圏外郭放水路庄和排水機場(2016/10/02)
相鉄・東急直通線建設工事(2016年取材②新綱島~日吉)(2016/09/10)
相鉄・東急直通線建設工事(2016年取材①羽沢~新横浜)(2016/09/07)
相鉄・JR直通線建設工事(2016年6月取材)(2016/08/27)
茨城県・守谷市のマンホール(2016/08/26)
東京メトロ千代田支線北綾瀬駅ホーム延伸工事(2016年6月4日取材)(2016/08/21)
東武伊勢崎線竹ノ塚駅高架化工事(2016年6月4日取材)(2016/08/14)
次期「書籍化」プロジェクトへの道すじ(2016/08/12)
JR飯田橋駅ホーム移設工事(2016年6月取材)(2016/08/06)
東急東横線10両化&関連工事(2015・2016年取材)(2016/08/03)
月別アーカイブ

全記事タイトル一覧

お知らせ

【総武・東京トンネル書籍化プロジェクト】COMIC ZIN様で欠品しておりました「総武・東京トンネル(上・下)」の販売を再開しました。詳しくは→こちら(2016,04,10)
さらに前のお知らせ

おすすめ&スペシャル

「総武・東京トンネル」書籍化プロジェクト 当サイトの前身であるYahoo!ブログから運営通算10周年を記念し、2008年に連載した「建設史から読み解く首都圏の地下鉄道① 総武・東京トンネル」についてほぼ白紙から書き直し、自主制作本(同人誌)にまとめるプロジェクトです。2015年3月のコミケットスペシャル6で総武線区間について取り上げた「上巻」、12月のコミックマーケット89で横須賀線区間について取り上げた「下巻」をそれぞれリリースし、昼過ぎに完売となる大好評となりました。現在書店(COMIC ZIN)様にて絶賛発売中です。

おすすめ記事

@takuya870625 Twitter