吾妻線八ッ場ダム建設に伴う付け替え工事(2014年8月24日取材)

カテゴリ:鉄道:駅・施設・風景 | 公開日:2014年09月20日22:34
吾妻線川原湯温泉駅

群馬県の長野原町では現在利根川の治水・水需要を賄うことを目的に「八ッ場ダム」の建設が進められています。このダムの建設に伴い、来る2014年9月25日にダム湖の予定地を通る吾妻線の線路の一部が水没地を避けた新ルートに切り替えられます。8月末に廃線となる現ルートと切替地点を中心に調査をしましたのでお伝えします。

■吾妻線の概要
長野原草津口駅に停車中の115系。東京都心からは引退した国鉄形式もここでは健在。 特急「草津」に使用される651系1000番台。常磐線の特急「ひたち」に使用されていた車両を直流線用に改造して転用した。
左(1):長野原草津口駅に停車中の115系。東京都心からは引退した国鉄形式もここでは健在。
右(2):特急「草津」に使用される651系1000番台。常磐線の特急「ひたち」に使用されていた車両を直流線用に改造して転用した。


 吾妻線は群馬県北部にそびえる榛名山と赤城山に挟まれた上越線渋川駅から西に進み、浅間山の北に位置する嬬恋村の大前駅に至る全長55.6kmのJR線です。吾妻線は元々は長野原町で採掘される鉄鉱石を搬送するため太平洋戦争末期の1945(昭和20)年に開設された日本鋼管(NKK、その後川崎製鉄と合併し現在は「JFEスチール」)の専用線を原型としたもので、その後国鉄への編入、路線の延伸を行い現在の形になっています。

草津温泉の玄関口である長野原草津口駅。八ッ場ダム建設に伴う地域再生事業の一環として2012年に全面改築された。
草津温泉の玄関口である長野原草津口駅。八ッ場ダム建設に伴う地域再生事業の一環として2012年に全面改築された。

 路線の東側半分(渋川~郷原)は比較的平坦な農村地域を走るのに対し、西側半分は吾妻川沿いの切り立った崖に半ば強引に線路を敷いた形となっており、半径200m前後のカーブが連続し、速度も50km/h前後までしか出せません。西側の区間の途中にある長野原草津口駅は全国にその名を知られる温泉地である草津温泉、万座・鹿沢口駅は嬬恋村にある万座温泉・鹿沢温泉のそれぞれ玄関口にもなっており、高崎駅からの1時間に1本の普通列車に加え、上野駅から特急「草津号」が数本運行されています。一方、終点の大前駅付近は周辺に目立った観光地が無いため、普通列車が1日5往復しか運行されておらず、午前中は運行間隔が5時間半開く超閑散路線となっています。

岩島~川原湯温泉間にある樽沢トンネル。全長は7.2mしかなく、日本一短い鉄道トンネル。
岩島~川原湯温泉間にある樽沢トンネル。全長は7.2mしかなく、日本一短い鉄道トンネル。

 郷原駅から西側の区間は短いトンネルが幾つも連続しています。その中で特徴的なのが岩島~川原湯温泉間にある「樽沢トンネル」です。樽沢トンネルは全長がわずか7.2m(20m車両1両の半分にも満たない長さ)しかなく、2014年現在日本一短い鉄道トンネルとしてその名が知られています。50km/h程で走行する電車はこのトンネルを0.5秒ほどで通過してしまうため、予め場所を知っていないと車窓からその位置をつかむことは困難です。このような奇妙なトンネルができ上がった理由は、岩を砕いて取り除くよりトンネルを掘った方がコストが安かった、岩の真上に生えていた木を残したかった等諸説あります。


吾妻線樽沢トンネル - YouTube 音量注意

■八ッ場ダム計画とその歴史
八ッ場ダム堤体予定地に設置されている案内板 堤体予定地付近は吾妻川の水流を仮排水トンネル(右下のコンクリートがトンネル坑口)に迂回させ、川底を干上がらせている。
左(1):八ッ場ダム堤体予定地に設置されている案内板
右(2):堤体予定地付近は吾妻川の水流を仮排水トンネル(右下のコンクリートがトンネル坑口)に迂回させ、川底を干上がらせている。


 さて、吾妻線の西側区間の中央にある川原湯温泉駅付近では吾妻川の下流である利根川の治水対策や増大する首都圏の水需要に対応するため、「八ッ場(やんば)ダム」の建設工事が現在進められています。八ッ場ダムは死者・行方不明者2千人を出した1947(昭和22)年のカスリーン台風を教訓に制定された「利根川改修改定計画」で利根川上流に建設が決定された8つのダムの1つです。
 このように半世紀前に計画が立案されていた八ッ場ダムですが、当時の吾妻川は近隣の活火山である草津白根山や周辺の硫黄鉱山から流れる強酸性の湧水のため、コンクリートの建造物を造ることができず、すぐには着工できませんでした。その後強酸性の湧水を石灰を投入することにより中和する品木ダム(草津中和工場)が稼働を開始し、技術的にはダムの建設が可能になりましたが、ダム湖により水没する川原湯温泉の住民を中心に激しい反対運動が展開されます。その背景には800年の歴史を持つとされる川原湯温泉そのものの価値に加え、地形上の理由から代替となる居住地など住民への具体的な補償がほとんど提示されなかったことが挙げられます。このことから、住民への補償に重きを置いた政策がとられ、1990年代末期にようやくダム建設が本格的に動き始めることになりました。以後、南側の高台への代替地の造成、水没地区を通る道路や鉄道の付け替え工事が進められており、川原湯温泉駅付近でもダム湖の水面より高い位置に巨大な橋が建設されています。

川原湯温泉駅の駅舎とダム湖を跨ぐ新橋梁(湖面1号橋) 川原湯温泉駅のホームと湖面1号橋
左(1):川原湯温泉駅の駅舎とダム湖を跨ぐ新橋梁(湖面1号橋)
右(2):川原湯温泉駅のホームと湖面1号橋


 順調に進んでるように見えた八ッ場ダムの建設工事ですが、2000年代末期に公共事業の大幅見直しを公約に掲げた民主党への政権交代では、八ッ場ダムもその対象とされ、「建設中止」を前提に工事がストップする事態となりました。その後自民党政権への再度の交代により工事は再開されましたが、長年に渡りダム計画に翻弄されてきた地元をさらに疲弊させる結果となり、一部ではダム自体の必要性について再度疑問が呈されるなど現在も混乱は続いています。

■ダム建設に伴う新線付け替え工事の様子


より大きな地図で 吾妻線八ッ場ダム建設に伴う移設区間 を表示

 八ッ場ダムの建設に伴い、吾妻線の川原湯温泉駅もダム湖に沈むことになります。このため、川原湯温泉駅を含む吾妻線の岩島~長野原草津口間10.4kmの線路を吾妻川の対岸(南側)に移設する工事が1999年から開始されています。新線は吾妻川南側の山中を直線的に通るルートとなっており、全体の8割がトンネルとなっています。このうち、最長となる八ッ場トンネル(全長4489m)は国内の鉄道トンネルでは初となる全断面TBM(トンネル・ボーリング・マシン)を使用した掘削が行われています。

▼脚注
トンネルボーリングマシン(TBM):シールドマシンと同じく回転するカッターフェイスが付いており、掘削作業を自動化している。完成しているトンネル筺体(セグメント)ではなく、掘削したトンネルの壁面にクリッパと呼ばれる脚を押しつけ、そこに反力を取って掘進する。山岳部の比較的硬く安定した地質に適する工法。


岩島~川原湯温泉の車内から見た起点(渋川)方新旧接続地点。 川原湯温泉~長野原草津口の車内から見た終点(大前)方新旧接続地点。
左(1):岩島~川原湯温泉の車内から見た起点(渋川)方新旧接続地点。
右(2):川原湯温泉~長野原草津口の車内から見た終点(大前)方新旧接続地点。


 新線と現在線の接続地点は東側が岩島駅から西に1kmほど進んだ地点、西側は長野原草津口駅構内にあります。いずれも吾妻川と交差するため、その部分にはコンクリート製の橋が架けられており、車窓からでもかなり目立ちます。8月の訪問時点では軌道敷設や架線の設置はほぼ完了しており、その後は信号設備の設置・調整が行われています。

長野原草津口駅のホーム端から見た新旧切替地点。軌道敷設や架線の設置が完了している。
長野原草津口駅のホーム端から見た新旧切替地点。軌道敷設や架線の設置が完了している。

 来る2014年9月24日(水)終電を以って岩島~長野原草津口の現在線の使用は終了となり、25日(木)に新線への切替工事が実施されます。その後試運転を行い、10月1日(水)より新線での営業運転が開始される予定です。この切替工事のため、9月25日は中之条~大前間、26日~30日の間は岩島~大前間の列車が運休となり、バス代行輸送が実施されます。なお、この期間中特急草津号は全区間運休します。
 この切替工事が完了すると、いよいよ現在の川原湯温泉駅付近ではダム本体の建設が本格化します。ダム完成後現在の駅付近はダム湖の湖底に沈む予定です。また、樽沢トンネルはダムによる水没地区からは外れていますが、新線への切替により列車は走行しなくなります。一方、高台の代替地は事業の長期化により移転が思うように進まず、住民が流出する動きもみられており、どのように地域再生を進めていくかが今後喫緊の課題となるとみられます。

▼参考
渋川・吾妻地域在来線活性化協議会 概要
群馬県 - 旧国鉄長野原線太子(おおし)駅跡整備の実施について
群馬県 - 八ッ場ダム関連
国土交通省関東地方整備局八ッ場ダム工事事務所
吾妻線一部付替え工事完了と新設線の運用開始について - JR東日本高崎支社(PDF/721KB)
吾妻線、10月1日から新ルートに…八ッ場ダム建設で線路移設 | レスポンス
国内初の鉄道トンネル工事向け全断面トンネル掘削用TBMが完成 | ニュース | 川崎重工
鉄道トンネルで国内初 TBM(トンネルボーリングマシーン)による全断面掘削で高速施工中/ニュースリリース2004年-清水建設 このエントリーをはてなブックマークに追加
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コメント


ダム工事再開は自民党時代と書かれていますが、実際は民主党時代です。
つまり、民主党が中止して再開しています。
また中止といっても本体工事のみで関連工事は行われています(例えば、この記事の線路切り替え工事等)
2014/09/27 06:55 | URL | 投稿者:しょうちゃん
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