汐留換気所~芝浦変電所(概説) - 総武・東京トンネル(24)


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■浜松町トンネル:2km787m50~3km947m50(L=1km160m00)
▼参考
工事誌(東海道線)96~111・594・612~614・623~635ページ

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浜松町トンネル位置図 ※クリックで拡大
(C)国土交通省 国土情報ウェブマッピングシステムカラー空中写真データ(昭和54年)に筆者が加筆

第2立坑(汐留換気所)」を過ぎるとまたすぐにシールドトンネルになり、浜松町駅と田町駅の中央付近に設けられた「第3立坑(芝浦換気所・変電所)」までそれが続く。この区間は「浜松町トンネル」といい、平面上のルートは首都高速の橋脚や民間のビルの基礎の間を縫うように通過するため半径6000~8000mでカーブしている。掘削は「第3立坑→第2立坑」の方向に行われ、完成後第3立坑には換気設備(芝浦換気所)と電車に電力を供給する変電設備(芝浦変電所)を置いた。
この付近になるといよいよ全体が埋立地となり、地盤は軟弱な沖積層ばかりになってくるため、ついに全機械化シールドの採用に踏み切った。(ただし、密閉式ではない。)トンネルと近接する首都高速都心環状線の橋脚は沈下防止のため、薬液注入で補強を行い、さらに完成後のトンネルは止水のため全区間二次覆工を行っている。また、ここで注目したいのが工事誌96ページから始まる「工事補償」の項目である。これはトンネル建設によって生じた被害に対する補償について扱っている項目なのだが、ここで挙がっている3項目全てがこの浜松町トンネルに関する内容なのである。上の航空写真で「」「」「」とつけたのがその被害が発生した地点で、以下その詳細について順に解説していくこととしたい。

:第3立坑周辺の沈下
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第3立坑周辺の被害区域
(C)国土交通省 国土情報ウェブマッピングシステムカラー空中写真データ(昭和54年)に筆者が加筆

第3立坑は都道「旧海岸通り」の地下に設置され、路外に換気・変電設備用の建物を建設している。浜松町トンネルは第3立坑から発進後80mの区間を無圧気で掘進する予定であったが、同じ第3立坑から先に発進した隣接の芝浦第1トンネルで1.5t/minの異常出水が発生したため、対策として路上から止水用の薬液注入を行い、1971(昭和46)年4月に掘進を開始する。だが、発進後わずか4.5mにして芝浦第1トンネルと同様1.5t/minに及ぶ異常出水が発生し、直ちにトンネル真上に当たる旧海岸通りの一部を閉鎖した。だが、沈下は道路のみならず旧海岸通り西側の民有地にも及び、建物壁面の亀裂、雨漏り、扉の開閉不良などが多発した。国鉄では事故発生後直ちに被害補償について建物所有者との交渉に入るとともに、事故防止のためその後の掘進では圧気工法を併用することとした。

:旧芝離宮恩賜庭園の噴発・陥没
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旧芝離宮恩賜庭園と噴発位置
(C)国土交通省 国土情報ウェブマッピングシステムカラー空中写真データ(昭和54年)に筆者が加筆

浜松町トンネルは東京起点3km050m付近で旧芝離宮恩賜庭園の地下25mのところを通る。この部分の掘進は1972(昭和47)年6月に行われていたが、下り線トンネルのシールドマシンがちょうど園内の池の直下に達したところ、池の中にある島の端から噴発が発生し、高さ50~60cmの噴水が出来上がるとともに地盤が陥没し、松の木、灯篭などが呑みこまれてしまった。これは圧気中の坑内の空気がこの付近の地下に分布する洪積固結シルト層と沖積軟弱シルト層の境界に沿って漏出したことによる。事故発生後直ちに坑内から噴発を止めるため100m3に及ぶ薬液注入を行ったが、地盤が極度に軟弱であったためそのほとんどが地表に噴出してしまったうえ、噴発の位置が池の中から築山の谷の部分(陸上)に移動した。引き続き注入を続けることにより噴発は止まったが、築山の谷の部分に深さ4mの陥没が生じるとともに石組みや木が崩壊してしまった。
復旧作業は池の水を抜き、埋まってしまった灯篭や石を掘り出し、穴を元通り埋めることとなるのだが、この池の水は防火用水ともなっていたため、消防署の要請により可及的速やかに作業を完了させる必要があった。旧芝離宮恩賜庭園は東京都が管理しているが、都で工事の予算を組み、国鉄がその費用を払うという方法は時期的に不可能であったため、国鉄が直接工事を行うこととなった。
復旧工事は池の水を抜き、噴発が生じた箇所まで陸地から仮設の桟橋を架け、地面に棒を刺しながら埋まった灯篭や石の位置を調査するとともに、噴出した薬液の塊を除去した。だが、灯篭や石は結局発見することができず新品を購入することで代替としている。一方、築山の谷は池と同様の方法で調査した結果、深さ2~5m付近に石が埋まっているのが確認できたため、鋼矢板(シートパイル)で土留め壁を造ってその中を人力で掘削し、クレーンで石を引上げた。作業が終わった後は掘削した土で穴を埋め戻している。この場所は庭園の一番奥にあたり、工事車両の出入りのため一時植木を移植・伐採する必要があったという。

※噴発:圧気シールド坑内の空気が爆発的に地表に噴出して土砂を噴き上げる現象。詳しくは「シールド工法 - 総武・東京トンネル(4)#漏気・噴発の危険性」を参照。

:浜松町郵政省敷地・建物の沈下
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郵政省敷地と浜松町トンネルの位置
(C)国土交通省 国土情報ウェブマッピングシステムカラー空中写真データ(昭和54年)に筆者が加筆

旧芝離宮恩賜庭園から第2立坑までは郵政省(現在は日本郵政グループ)の宿舎や倉庫があり、浜松町トンネルはこの敷地の中央を縦断することとなった。シールド掘進は1972(昭和47)年秋ごろに行われたが、掘削直後からトンネル真上の地面が大きく沈下し始めた。

MSExcelで作成
経過年数と地面の沈下量 (工事誌(東海道線)101ページ図3-2-(2)-4を基に作成)

工事誌を初めて見た時、一瞬「mmの間違いではないか?」と我が目を疑ってしまった。トンネル真上にあたる「地点6」の最終的な沈下量はなんと54.4cmである。これが一般の民家だったならば訴訟問題に発展していたに違いない。
幸い、周囲の建物はコンクリートでできたものばかりであったため、変形などはほとんど発生しなかっが、周辺の地盤との高低差が最大で70cmにも及んでいたため、ライフラインの切断が多発して特に宿舎で暮らす職員たちの生活に大きな支障が出ていた。復旧は建物地下にできた空洞を埋めるとともに、切断したライフラインを元通りつなぎ直すこととし、水道管などは今後さらに沈下が発生しても対応できるよう、伸縮可能な構造としている。

(つづく) このエントリーをはてなブックマークに追加
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