地下水との闘い - 総武・東京トンネル(30)


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両国~東京間の「総武トンネル」は1972(昭和47)年7月15日、東京~品川間の「東京トンネル」は1976(昭和51)年10月1日にそれぞれ営業運転が開始され、全長9532mに及ぶ総武快速線・横須賀線の東京地下区間が完成した。だが、開業直後からこの区間ではある問題が発生するようになる。それはトンネル内へ大量の地下水が漏出することであった。この記事ではその対策について採り上げることとする。

■土砂が流入するシールドトンネル
総武・東京トンネルは駅間のトンネルのほとんどがシールドトンネルとなっている。総武・東京トンネルの建設が開始された当初は周辺で地下水汲み上げが無制限に行われていたため地下水位が低下しており、トンネルも低い地下水位を前提に設計が行われた。だが、地盤沈下が問題になりトンネル完成とほぼ同時期に東京都の条例※1で地下水汲み上げが厳しく規制され、トンネル周辺の地下水位は建設時から10m以上も上昇し、地下水がトンネルを完全に覆ってしまう状態となった。総武トンネルのほぼ全区間と東京トンネルの東京~新橋間(有楽町トンネルと汐留トンネルの一部)は止水に関してほとんど無対策といってよい状態であり、これらのトンネルにおいて地下水の漏水が発生するようになった。当初はセグメントピース間に樋を被せたり、トンネル内から止水のコーキング剤を注入することで対処していたが、地下水位が上昇するにつれ漏出量がどんどん増加して1日あたり4千~5千トンに及ぶようになり、トンネル内からだけでは対処しきれなくなった。また、この地下水には約0.3%(海水の10分の1)の塩分が含まれており、セグメント締結ボルトや軌道の各種部品の腐食※2、さらには軌道回路短絡による信号故障が発生し、列車ダイヤに影響を及ぼすこともあった。さらにセグメントピース間にシールがないため地下水とともに土砂が流入し、地盤沈下やトンネル変形※3を起こす恐れも出るようになり、排水ポンプの運転費用云々では済まされない問題に発展したのである。

撮影日:2008年5月18日 カメラ:CanonPowerShotA700 レンズ焦点距離:6mm 露出モード:オート(シャッター速度:1/25秒 絞り:F2.8 感度:ISO-800) ストロボ使用 撮影日:2008年7月20日 カメラ:CanonPowerShotA700 レンズ焦点距離:6mm 露出モード:オート(シャッター速度:0.6秒 絞り:F3.2 感度:ISO-800) ストロボ使用・トリミング
二次覆工未施工のトンネル(左:新橋駅品川方・2008年5月18日)と施工済みのトンネル(右:馬喰町駅錦糸町方・2008年7月20日) ※クリックで拡大

そのため、開業から10年も経たないうちに総武トンネル側から止水用の二次覆工を追加施工することとなった。1984(昭和59)年の着手当初はトンネル建設時に行われるような現場打ちコンクリートによる施工であったが、作業ができるのは深夜、しかも架線が停電となる2~3時間程度しかないため、施工スピードは1年間で100m程度と非常に効率の悪いものであった。そのため、1989(平成元年)からは工場で予め製作したコンクリート板をトンネル壁面に沿って組み上げていく「PCW工法」を採用し、施工スピードを1年間で200mまでアップした。これらの工法により総武トンネルでは2003(平成15)年までに全ての区間で二次覆工の施工を終了した。


二次覆工施工中の有楽町トンネル。壁面全体に遮水シートを張り込んでいる。新橋駅下り線東京方を撮影(2009年4月5日)

一方、総武トンネルの施工に時間がかかっている間に同じように止水対策がほとんどなされていない東京トンネル側の状態が急速に悪化していた。2002(平成14)年にJR東日本が行った調査によると、総武トンネルで対策工事が開始された直後の1985(昭和60)年時点ではセグメント締結ボルトの腐食率が両トンネルでほぼ同値であったのが、2002年の調査時には倍以上となっていた。また、最も漏水が深刻な有楽町トンネルにおいて地上からのボーリングによりトンネル周辺の地盤を調査したところ、トンネルから2.3mの位置でN値(試験杭の打ち込みに対する抵抗力)が大きく減少しており、漏水に伴う土砂の流出によりトンネル背面地盤の緩みが進行していることが判明した。以上のような調査結果から、東京トンネルにセグメント締結ボルトの破断によるトンネル崩壊や土砂流出に伴う地盤の緩みによる地表面の沈下・陥没の恐れがあり、可及的速やかに対策を行う必要があることが判明した。
そこで、この区間については施工スピードを向上させることを主眼に置いた新工法を開発することになり、軽量の繊維補強セメント板を型枠兼壁面とした鉄筋コンクリートによる二次覆工を施工することとなった。この工事では終電後工事専用車を両国・品川の両基地から合計10~30台で現場へ向かわせるという前例のない大規模な施工体制がとられ、2003年8月から今年3月までの5年間で延べ2.8kmの二次覆工の施工行う計画とされている。(上の写真の通り実際の進行はこれよりやや遅れている。)

ちなみに、現在のシールドトンネルではセグメント端部にゴムの突起を設け、セグメント同士を密着させ止水効果をもたせることが一般的となっている。

■地下駅を地盤に“係留”
撮影日:2008年7月6日 カメラ:CanonPowerShotA700 レンズ焦点距離:6mm 露出モード:オート(シャッター速度:1/60秒 絞り:F2.8 感度:オート) トリミング
東京駅ホーム床面の工事跡。色の違うタイルの部分に穴を開けてアンカーを挿入した。

この地下水位上昇は東京地下駅にも重大な問題を引き起こすこととなった。それは地下水の浮力により駅が浮き上がる可能性である。
東京地下駅は地下27m、最大幅42mに及ぶ巨大な構造物である。建設当初、この付近の地下水位は地下35mであったが、その後汲み上げ規制の効果が現れて2000(平成12)年には地下15mまで上昇し、地下4階部分まで完全に水中に沈んだ状態となった。これは言い換えれば「地下水の海に沈んだ巨大な船」と同じことであり、当然地下駅底面には強大な浮力が作用し※4あと70cm水位が上昇したら床が壊れるもしくは地下駅全体が浮き上がると予測された。

撮影日:2006年12月2日 カメラ:CanonPowerShotA700 レンズ焦点距離:6mm 露出モード:オート(シャッター速度:1/60秒 絞り:F3.5 感度:オート)
武蔵野線新小平駅。掘割の壁は今も不自然に盛り上がったままとなっている。

地下水による構造物の浮き上がりの事例として有名なのが武蔵野線新小平駅である。1991年10月11日、台風により大幅に上昇した地下水により新小平駅を構成するU字溝状の構造物が浮き上がり、線路・ホームが最大で1.3m隆起したうえ流入した地下水により線路が完全に水没し、武蔵野線は2ヶ月間不通となった。コンクリートの構造物が浮き上がることなどにわかに信じがたいことだが、このような事例が実際に存在しており、東京地下駅についても同様の事故が懸念されたため、対策として地下駅底面から18mの深さまで130本のアンカーを打ち込み、深部の硬い地層に地下駅全体を“係留”することとした。この対策には6億円の費用がかかっている。
なお、東京地下駅と似た構造である新幹線上野地下駅でも同様の問題がおきており、こちらは1次対策としてホーム下に3万7千トンの鉄塊(水圧に対するカウンターウェイト)を積み、2次対策として東京地下駅と同じアンカーを603本埋め込んでいる

■トンネル導水がもたらした“ボラちゃん”騒動
撮影日:2008年8月16日 カメラ:CanonPowerShotA700 レンズ焦点距離:6mm 露出モード:オート(シャッター速度:1/15秒 絞り:F2.8 感度:オート)
東京駅構内の導水管(中央の青いパイプ)

一方でこの地下水は思わぬ方法で有効利用されることとなった。
東京大田区を流れる立会川は昭和40年代に大井町駅付近から上流が暗渠化され、下水道幹線に転用された。その結果、平常時はほとんど水が流れず、水質を示す生物化学的酸素要求量(BOD)は都内の中小河川で最悪の13mg/lとなり、腐敗した水から発生する悪臭が周辺住民の深刻な悩みとなっていた。そこで、東京都は総武トンネル(馬喰町駅)から立会川まで全長12kmの導水管を整備し、トンネル内の湧水を立会川開渠部最上流の月見橋から放流することをJR東日本に提案する。導水管の工事費30億円は全額JR東日本の負担となるが、この1回の投資で年間3億円に及んでいた下水道費が今後削減できることもあり、JR東日本は導水管の整備を行うことを決め、導水管が完成した2002(平成14)年7月から早速立会川への放流が開始された。

撮影日:2008年8月16日 カメラ:CanonPowerShotA700 レンズ焦点距離:6mm 露出モード:オート(シャッター速度:1/125秒 絞り:F4 感度:オート) 撮影日:2008年8月16日 カメラ:CanonPowerShotA700 レンズ焦点距離:6mm 露出モード:オート(シャッター速度:1/160秒 絞り:F4 感度:オート) トリミング
立会川。右はトンネル導水に関する解説板。 ※クリックで拡大

それからわずか半年後、立会川に劇的な変化が訪れた。なんとボラが遡上したのである。その様子は瞬く間にマスコミの話題となり、前年多摩川に出現したアゴヒゲアザラシ「タマちゃん」をもじって「ボラちゃん」騒動として全国に知れ渡ることとなった。
トンネルの管理を悩ませ続けた地下水が都市河川の「恵み」に変わった瞬間である。
この導水の結果、立会川のBODは2mg/lに改善し、悪臭も大幅に軽減された。現在は更なる水質改善を目指し、曝気装置(空気を送り込む装置)を設置し、微生物による浄化を促している。

このように総武トンネル・東京トンネルの管理は社会情勢の変化とそれに伴う地下水環境の変化に翻弄され続けてきた。今後もトンネルを使い続ける以上地下水との闘いは続くものと思われるが、一方で環境用水として活用されている面もあり、良くも悪くもこのトンネルの特徴を示していると言えよう。

▼参考
新しいトンネル二次覆工工法の開発 - JR東日本テクニカルレビューNo.10 2005年冬(PDF)
繊維セメント板による鉄道トンネル二次覆工工法 - 東鉄工業株式会社(PDF)
JR横須賀線東京トンネル改良工事 - 東鉄工業株式会社(PDF)
東京トンネルの変状と対策について - 土木学会関東支部技術研究発表会講演概要集(2004年)(PDF)
東京駅地下水対策 | 実績紹介 | 黒沢建設株式会社
新幹線営業時間帯におけるグラウンドアンカーの施工について - 第33回土木学会関東支部技術研究発表会(PDF)
東京駅周辺のトンネル地下漏水を立会川に導水します - 東京都報道発表資料(注:導水ルート図はリンク切れのため表示不可)
(2)見直される都会の地下水 : 環境ルネサンス : 特集 : YOMIURI ONLINE(読売新聞)
(2)地下水で川浄化、ボラ戻る : 環境ルネサンス : 特集 : YOMIURI ONLINE(読売新聞)
読売新聞2000(平成12)年2月1日記事「地下水の回復 都会の思わぬ脅威に」

▼関連記事
東京駅総武地下ホーム・・・地下水対策の痕跡(2006年12月2日)
新小平駅・・・地下水で歪められた駅(2006年12月3日)

▼脚注
※1東京駅~新橋駅(概説) - 総武・東京トンネル(17)#有楽町排水所も参照。
※2:この問題は総武・東京トンネルが全区間定尺レールになっているという点に現れている。工事誌には半径400m以下のカーブ以外はロングレールにすると書かれているのだが、塩分ですぐに腐食してしまうため交換に時間のかかるロングレールが採用できないのである。このためトンネル内はレールの継目の騒音・振動が激しく乗り心地が悪い。
※3:正円形のシールドトンネルは全方向から等しく力が作用することで形状を保っている。そのため土砂が流出して空洞ができるとそこから変形してしまう。
※4:液中に沈んだ物体には物体が押しのけた分の液体の重量と同じ浮力が作用する(アルキメデスの定理)。よって地下駅底面には少なくとも1平方メートル当たり数トンの力が作用することになる。

(2010年2月3日、東京トンネルの二次覆工について追記) このエントリーをはてなブックマークに追加
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コメント

新橋地下駅の湧水が止まった?
東日本大震災から半年以上もたって久しぶりに新橋駅の総武・横須賀線ホームを利用しました。以前はあんなにいつでもじゃぶじゃぶ流れていた湧水の音がしない・・・。定期的にずっと見てきたわけじゃないので、地震のせいではないのかもしれませんが、あれ以降は、何回行っても湧水の音はしていません。何かあったのでしょうか?
2012/04/01 02:20 | URL | 投稿者:keyo21jp [編集]
Re: 新橋地下駅の湧水が止まった?
keyo21jp様

新橋駅ですがご指摘の通り以前に比べ湧水量が減っています。これは2つ理由がありまして、1つは駅前後のシールドトンネルで二次覆工(トンネル内面にもう1枚壁を造ること)が完了し、湧水量が減ったというものです。そしてもう1つは地震後に行われた補修工事です。東日本大震災の直後は壁面に亀裂が入り、湧水量が異常に増加し、場所によっては天井から滝のように水が流れ落ちる状態となっていました。(この記事の最後に載せています→ http://takuya870625.blog43.fc2.com/blog-entry-33.html )しかし、それから1カ月ほどたって再度新橋駅を訪れた際、漏水個所で作業員が集まり何かの工事が行われているのを確認し、それを最後に滝のような漏水は止まりました。このため、この工事で漏水を止めるための対策(壁面の裏への薬剤の注入など)が行われたものと考えられます。

2012/04/01 22:53 | URL | 投稿者:takuya870625
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