開通前夜 - 総武・東京トンネル(1)


※クリックすると目次ページを表示します。

千葉に住んでいる私は東京へ出る際に必ずといってよいほど総武快速線を利用しています。この路線は錦糸町(正確には両国)駅から品川駅まで地下線になっていますが、鉄道構造物マニア(?)の私はここで当然のことながらこのトンネルの構造について調べたくなり、試しにネット上を検索してみました。ところが、その情報が全くといってよいほど無いのです。何しろ建設から40年近くたっているわけで、最近開業した路線のように電子媒体の情報はほぼ存在しないと考えてよく、ある意味当たり前です。それなら自分でゼロから調査してしまおう'と考えたのがこのレポートの発端です。本レポートはこのブログ初めての本格的な文献研究+現地調査として今日の大深度地下鉄道の礎をつくったこのトンネルの内部に迫っていこうと思います。

■国会図書館へ
ネット上で資料が見つからないとなると、残されるのは紙の文献である。最も手っ取り早いのは新線建設ではかならず発行される工事誌をあたることである。しかし、年代が古いだけに地元の図書館ではそれらしき資料は見つからなかった。そうなると、最後の手はこれである。日本の全出版物が収蔵されている国立国会図書館だ。ゴールデンウィーク前半、私は東京・永田町へ向かった。そして館内のPCで検索すると・・・あった

「総武線線増工事誌:東京・津田沼間 日本国有鉄道東京第一工事局1973年」
「東海道線線増工事誌:東京・品川間 日本国有鉄道東京第一工事局1977年」


どちらも千ページを超える超大作である。しかも、前者に関しては「東京・津田沼間」というタイトルながら内容の約4分の3が私が求めていた東京~錦糸町間の地下区間に関する情報であった。よって、このレポートはこの工事誌2冊を主要な出典として話を進めていくこととしたい。

■総武快速線開通前の情勢

総武快速線E217系電車(下総中山)。総武線は近郊型初の4ドア車となるこのE217系や首都圏では初となる幅広車体の通勤型E231系が導入されるなど、平成の現在も混雑緩和の努力が続けられている。

昭和30年代の日本は高度経済成長期に突入し、首都圏では郊外まで住宅が次々と建設され爆発的に人口が増加する。これにより、当時の首都圏の国電は異常事態といえるほどの混雑を呈していた。千葉県のホームページにこのレポートの対象とした総武線の年度別の混雑率の推移が掲載されているのでそれを引用させていただくと以下の通りである。

総武緩行線(数字は列車本数(本)―編成両数(両)―輸送力(人)―通過人員(人)―混雑率(%))
昭和30年 18―6.9―17,360―49,710―286
昭和40年 24―10.0―33,600―96,890―288
▼総武快速線開業▼
昭和50年 20―10.0―28,000―64,800―231
昭和55年 20―10.0―28,000―73,740―263
昭和60年 22―10.0―30,800―83,060―263
(以下略)
参考: 路線別のラッシュ時における混雑率の推移 - 千葉県交通計画課

ちなみに、混雑率の数字と実際の乗車人数の関係は以下のとおりとなっている。
100%:定員乗車。座席につくか、吊り革につかまるか、ドア付近の柱につかまることができる。
150%:肩が触れ合う程度で、新聞は楽に読める。
180%:体が触れ合うが、新聞は読める。
200%:体が触れ合い、相当な圧迫感がある。しかし、週刊誌なら何とか読める。
250%:電車が揺れるたびに、体が斜めになって身動きできない。手も動かせない。
参考:混雑率-民鉄用語辞典-日本民営鉄道協会


昭和30・40年は280%超・・・この数字はあくまで最混雑時間1時間あたりの「平均」乗車率であり、部分的に見れば300%を超える乗車率の車両も存在していたことになる。「通勤通学だけでその日の体力の大半を消耗してしまう・・・」そういっても過言ではない混雑であったのだ。さらにこの異常な混雑は駅での停車時間を延ばすこととなり、過密ダイヤで次々と続いてくる列車に雪だるま式に遅れが波及し、1日中ダイヤの乱れが続くこともあった。この事態は首都圏のほかの線区でもほぼ同様の有り様で、ひいては国鉄の信頼性を揺るがしかねない重大な問題となっていたのである。

■線増計画

総武トンネル位置図(濃い青の線)
(C)国土交通省 国土交通省オルソ化空中写真ダウンロードシステムのデータに筆者が加筆

この異常な混雑を一刻も早く緩和するため、国鉄は「首都圏5方面作戦」と銘打ち、郊外へ延びる幹線の大規模改良、具体的には複々線化、平面交差の解消、バイパス路線の建設(武蔵野線など)、新設地下鉄(営団東西線・千代田線)への乗り入れなどを計画した。総武線に関しては東京~千葉間で複々線化することとし、秋葉原駅が乗り換え客で飽和状態であったため線増される路線は東京駅にダイレクトに接続することとした。ここで問題となるのが都心部(東京~錦糸町)のルートをどうするかである。この計画がもちあがった時点で区部はすでに建物がびっしりと密集していたうえ、既存・計画中の道路・地下鉄路線が多数あることから、その間を貫通させるには地上・地下などいかなる方法をとっても多額の費用がかかることが避けられない。工事誌によると以下のABC3つのルートが検討されたようだ。


検討された3つのルート
(C)国土交通省 国土交通省オルソ化空中写真ダウンロードシステムのデータに筆者が加筆

▼参考
工事誌(総武線)24ページ

A:両国駅から分岐し、江戸通りの地下を通って東京駅に至る(実際に建設された現行ルート)
B:両国駅から分岐し、神田川の地上or地下を通り途中から山手・京浜東北線に並行し東京駅に至る
C:総武緩行線に並行し、秋葉原駅の手前から山手・京浜東北線に並行し東京駅に至る


B・C案はともに広大な民有地の買収が必須であり、さらに秋葉原駅付近で半径300mの急カーブを描くため速度向上の面で不利でありA案に決定した。この区間は「総武トンネル」と呼ばれ、途中に「新日本橋(しんにほんばし:建設時の仮称は「本町」)」「馬喰町(ばくろちょう)」の2駅を設置する。
また、交差する既存・計画中の地下鉄が多数あるため、トンネルは前例の無い地下20~30mの大深度に建設されることとなり、大半の区間のトンネルをシールド工法によって建設することとなった。国鉄におけるシールド工法の採用は羽越本線の折渡トンネル(1917年)、山陽本線の関門トンネル(1941年)に続いて3例目であり、都市内のトンネルとしては最初のものである。

■トンネル構造・信号システム

総武トンネルの架線(馬喰町)
▼参考
工事誌(総武線)378~387ページ・工事誌(東海道線)5ページ

●トンネル寸法
建築限界、車両限界は通常規格と地下鉄用の縮小規格の両方が検討された。ここでは将来の乗り入れ車種拡大や縮小限界対応の特殊な車両を用意するコストなどを勘案し、通常規格(車体高さ(パンタグラフ折りたたみ高さ)4300mm、幅3000mm)で建設することが決定した。シールドトンネル部の外形は約7m、内径は約6mである。

●線形
ポイントを除く最急カーブが東京駅構内の半径300m(本線部は馬喰町駅付近の半径400m)、最急勾配は両国駅付近の33.4パーミルであり用地の関係でやむを得ないことではあるがかなり厳しいものとなっている。

●軌道設備
軌道はトンネル床版に防振ゴムを介してレールを固定する「直結軌道」を採用している。架線は運転速度向上や標準品のパンタグラフを使用するため、地下鉄で採用されている剛体架線ではなく'通常のカテナリ吊架方式(き電吊架方式)とした。

●換気方式
長大かつ大深度のトンネルであるため、列車の走行による自然換気は期待できず、浅い地下鉄のように路上にいくつも換気口を開けることも不可能であった。総武トンネルに関してはおよそ1kmごとに駅があることから、そこに吸排気用の送風機を置き列車の走行方向に風を送る「縦流換気方式」を採用し、常にトンネル内に新鮮な空気が供給されるようになっている。

●信号保安
信号システムは当初地上に信号機を置く方式を予定していたが、見通しが悪いため開業間近になって車内信号(ATC)方式に変更された。乗り入れ車両がATCを装備した車両に限られることとなるが、当時は停止信号で確実に列車を停止させられるATS(ATS-P)が未開発であり、安全上仕方がなかったといえよう。ちなみに、2005(平成17)年にこの区間はATS-P化されたためATCの有無による乗り入れ制限はすでに撤廃されている。

こうして、「総武トンネル」の建設計画がまとまり、1967(昭和42)年から本格的に工事が開始された。次回は各工区の建設概要について解説する予定である。

(つづく) このエントリーをはてなブックマークに追加
スポンサード リンク
テーマ:鉄道 ジャンル:趣味・実用
タグ:  鉄道  JR東日本  総武線  トンネル

Facebookのコメント

コメント

おおお!
東京トンネルの情報を探してたので、
こんなにすばらしいレポを書いてるページに巡り会えて良かった!
丁度、改修工事をしててどんな工法で改修してるか気になってたので、
参考にさせていただきます。
2009/05/05 18:32 | URL | 投稿者:いし [編集]

いしさん>
ありがとうございます。前例の無いレポートのため、どのような反応をいただけるか気にしていたのですが、参考になりうれしく思っております。今後は京葉線について同様なレポートをお送りするよていです。どうぞご期待ください。
2009/11/09 22:32 | URL | 投稿者:takuya870625(管理人)
馬喰町、新日本橋のLED化をみましたよ。
今晩は、

嬉しいお知らせです。

総武本線地下駅の駅名標が、いよいよ、
LED化していました。

2013年の春にしたのでしょう。

いきなり、予告もなく、駅標が変わるから、
とっても、面白いし、不思議です。
2013/03/18 23:49 | URL | 投稿者:梁 [編集]
コメント機能をご利用の際は必ず注意事項のページをご覧ください。
不適切な投稿内容は修正・削除される場合があります。また、内容によっては管理人からのレスが付かない場合がございます。確実に返信が欲しい場合はEメールをご利用ください。

管理者にだけ表示を許可する(管理人からの返信が付きません)


最新記事

首都圏外郭放水路庄和排水機場(2016/10/02)
相鉄・東急直通線建設工事(2016年取材②新綱島~日吉)(2016/09/10)
相鉄・東急直通線建設工事(2016年取材①羽沢~新横浜)(2016/09/07)
相鉄・JR直通線建設工事(2016年6月取材)(2016/08/27)
茨城県・守谷市のマンホール(2016/08/26)
東京メトロ千代田支線北綾瀬駅ホーム延伸工事(2016年6月4日取材)(2016/08/21)
東武伊勢崎線竹ノ塚駅高架化工事(2016年6月4日取材)(2016/08/14)
次期「書籍化」プロジェクトへの道すじ(2016/08/12)
JR飯田橋駅ホーム移設工事(2016年6月取材)(2016/08/06)
東急東横線10両化&関連工事(2015・2016年取材)(2016/08/03)
月別アーカイブ

全記事タイトル一覧

お知らせ

【総武・東京トンネル書籍化プロジェクト】COMIC ZIN様で欠品しておりました「総武・東京トンネル(上・下)」の販売を再開しました。詳しくは→こちら(2016,04,10)
さらに前のお知らせ

おすすめ&スペシャル

「総武・東京トンネル」書籍化プロジェクト 当サイトの前身であるYahoo!ブログから運営通算10周年を記念し、2008年に連載した「建設史から読み解く首都圏の地下鉄道① 総武・東京トンネル」についてほぼ白紙から書き直し、自主制作本(同人誌)にまとめるプロジェクトです。2015年3月のコミケットスペシャル6で総武線区間について取り上げた「上巻」、12月のコミックマーケット89で横須賀線区間について取り上げた「下巻」をそれぞれリリースし、昼過ぎに完売となる大好評となりました。現在書店(COMIC ZIN)様にて絶賛発売中です。

おすすめ記事

@takuya870625 Twitter