総武・東京トンネル用の車両 - 総武・東京トンネル(31)


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かなり間が空いてしまいましたが…
総武・東京トンネルのレポートの締めとして、今回はこのトンネルでの運用を重視して設計された車両である113系1000・1500番台と、その後継E217系についてレポートしたい。

■113系
113系は主に大都市近郊における中距離輸送用の車両として1963(昭和38)年に登場し、以後幾度もの改良を重ねながら製造が続けられた。3ドア・セミクロスシート、走行性能などはすべての車両でほぼ同一となっているが、総武・東京トンネルは大都市直下の大深度かつ長大トンネルという前例のない路線条件となったため、それに対応できるよう大幅な改良が加えられている。

●1000番台(初期車)

房総各線での運用末期の113系1000番台初期車。2006年8月19日成東駅にて。


左:1000番台初期車のの側面。窓の縁にRがあるのが特徴。
右:その車内。分散型冷房機搭載による簡易冷房のため、扇風機が残されている。この時点でかなり老朽化が進んでおり、車内の冷房吸気口周囲からは結露水が滴り落ちていた。2枚とも2006年8月19日撮影。

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1972(昭和47)年の総武快速線開業向けにまず製造されたのは1000番台(初期車、単に1000番台とも言われる)である。1000番台(初期車)は非ユニットサッシ(窓の隅が丸い)、非冷房などそれまで地上線用として製造されていた車両の設計の多くをそのまま流用している。地下線向けの改良としては当時の運輸省が制定した地下鉄車両の火災防止基準「A-A基準」に準処した、床下配線のダクト化、主抵抗器など発熱部分への断熱材取り付け、内装材の不燃化などがある。
当初、このように地下線での運用を目指し製造された1000番台初期車であるが、開業直前になって地下区間の信号システムがATCに変更された※1ため、計画を変更し地上線である房総各線(内房・外房・総武・成田・鹿島線)専用となった。非冷房であったため、JR化後は車体補強の不要な分散型冷房機を搭載するなどの改造がなされたが、海が近い千葉県内での運用が災いし車体の老朽化が著しく、早期に廃車対象とされた。特に、後述する総武快速線・横須賀線へのE217系導入や東海道線のE231系導入が始まると、これらの路線から押し出された製造が新しい113系への置き換えが進み、2006年ごろに完全消滅している

●1000番台(後期車)

タイフォンの位置が特徴の1000番台。2006年10月10日本千葉にて。

信号システムのATC化に伴う設計変更を行ったのが1000番台(後期車、1000’番台ともいわれる)である。火災防止対策などは初期車と同様であるが、本番台から製造工程の簡素化のため、窓がユニットサッシ化されており窓の隅のRがなくなった。また、時代の変化に合わせて冷房を搭載(当初は屋根に取り付け台のみを準備)するなど、サービス面の向上が図られている。設計変更の要因となったATC装置(ATC5形)は運転台助手席後部に搭載されており、この部分の客席1人分がつぶされ、窓の配置も変化している。さらに、前面は理由は不明(ATC搭載スペース確保のため?)だが警笛(タイフォン)の設置位置が下方に移動しており、これが本番台最大の特徴となっている。なお、この1000番台後期車では各先頭車のトイレに当時としては珍しい循環式の汚物処理装置が備えられていた。これは密閉された地下トンネルで従来の垂れ流し式便所を採用した場合、衛生面で深刻な問題を生ずると判断されたためである。

1000番台は初期車・後期車とも踏切事故対策(前面強化)が行われていなかった。そのため、1992年に成田線で発生した踏切事故※2以後は前面へのステンレス板貼り付けによる前面強化が強力に推進された。(作業は電車区でも行われたため、当初はステンレス地がむき出しの車両も見られた。)前面強化施工車は板を取り付けた部分に段差ができたほか、下部のステップが1枚から4枚に増えるなどの変化が見られる。

●1500番台

最後尾が1500番台のクハ111-1503。2006年10月10日本千葉にて。

1000番台の車体構造をベースにセミクロスシートのシートピッチを拡大したのが1500番台である。座席配置の変更に伴い、車端部の窓配置が3分割から2分割になっている点が特徴である。1000番台で変化したタイフォンの位置は元に戻っており、同時期に地上線用に製造されていた2000番台との主たる違いはATCの有無(これにより先頭部右側の窓の配置が異なる)と、側面の扉付近にあるサボ受けの有無だけとなっている。東海道線の113系引退に伴い、房総各線では現在この両番台が混在しており一見すると区別がつかなくなっている。

なお、総武快速線・横須賀線・東海道線から引退した現在も房総各線で使用が続けられている113系であるが、今年10月から京浜東北線のE233系導入により余剰となった209系の導入が開始され、廃車が開始されている。209系は今後3年間で房総各線の113系・211系をすべて置き換える計画であり、首都圏を走る113系の完全消滅も時間の問題といえそうだ。

●グリーン車

東海道線時代末期のサロ110-1200。2006年3月4日、茅ヶ崎にて。

横須賀線では地下線開通以前からグリーン車が2両連結されており、総武快速線直通開始後もそのまま継続されることとなった。当初は地上線用のサロ111形に前述の火災防止対策を施し使用していたが、老朽化が著しく、すぐに新車のサロ113型に置き換えられた。しかし、特急列車のグリー車並みのシートピッチ(加えて座席にはフットレストも付いていた)としたため定員が48名と少なく、急増する着席通勤の需要※3に応えることができなかった。そのため、ほぼ同様の車体を採用しつつシートピッチを詰めて定員を60名としたサロ110形1200番台に置き換えられた。サロ113形は当時グリーン車が連結されていた大阪近郊区間へ転出となったが、同地区のグリーン車廃止により再び当路線を含む東京地区へ戻っている。また、国鉄末期には余剰となった特急車両の一部を改造して連結している。これらはほかの車両と比べ異常に屋根が低く、目立つ存在となっていた。
JR化後はさらに高まる着席通勤への需要に向け、2階建て車両であるサロ124・125形を開発し、2両ある平屋グリーン車のうち1両をこれに差し替えた。この2階建て車両は総武快速線・横須賀線・東海道線の113系引退後は改造の上211系に連結され、現在も使用中である。

■E217系

東京駅地下ホームに停車中のE217系。2006年10月26日撮影。

東京―千葉間の通勤輸送を改善する特効薬として開通した総武快速線であるが、沿線開発は千葉以南・以東まで進み、平成に入ると早くも増発が限界に達しつつあった。そのため、近郊型電車では初となる4ドア車の導入に踏み切ることとなり、209系の設計をベースとしたE217系が1994(平成6)年に登場した。4ドア化による混雑緩和のほか、グリーン車はついに2両とも2階建てとなり千葉以遠からの遠距離通勤の需要も考慮した車両となった。また、前述した1992年の踏切事故の反省から先頭車は衝撃吸収構造※2となり運転室が拡大され、独特なドア配置となった。2000(平成12)年には総武快速線・横須賀線の113系すべての置き換えが完了し、同年冬のダイヤ改正で総武快速線錦糸町~千葉間の最高速度を120km/hにアップし、混雑緩和と所要時間の短縮を達成した

●途中で貫通扉を廃止

左が貫通扉あり、右がなしの車両。ステップ上のレールの有無がポイント。2006年8月8日、千葉駅にて


E217系は地下区間を走行することから、当初は前面に非常時のみ使用するプラグドアを装備していた。しかし、国鉄時代より地下鉄車両の防火基準として定められていた「A-A基準」、および民営化後に定められた「普通鉄道構造規則(2004(平成16)年廃止)」においては、車両とトンネル壁面の間隔が40cm以上ある場合先頭車両前部の貫通扉は不要と規定されていた。総武・東京トンネルはその多くが円形のシールドトンネルであり、車両と壁面の間にかなりの余裕がある。そのため、1999年製造分からコストダウンを目的に先頭部の形状はそのままに貫通扉が廃止された。外見上は先頭部のステップにレールがあるかないかで見分けることができる。

●ATCは使用停止に
2005(平成17)年2月には地下区間の信号システムがATCからATS-Pに変更された。これまで使用されていたATC5形は確実に列車速度が管理できるものの、最新のATCのような前方の現示予告や多段階での速度制御などの機能がなかった。そのため、突然強いブレーキがかかり乗り心地が悪い、車両性能が上がったにもかかわらず必要以上の減速を強いられるなどデメリットばかりが目立つようになった。一方、代わって導入されたATS-Pは連続的に列車速度を管理※4するため、地上信号を使用しつつATCと同等の安全性を確保でき、しかも車両性能一杯にブレーキを使うことができるため結果的に列車間隔を詰めることができ、増発が可能となった。また、E217系導入時点でトンネル前後の区間が既にATS-P化されており、もはやATCを使い続ける意義は全くなくなっており、今回のシステム変更の運びとなったわけである。これに伴い、車両側のATC装置は不要となったが、後述する機器更新車も含め現在も装置自体は撤去されておらず、使用停止扱いとしている。(運転室側面の「C」の表記は消去している。)

●機器更新
E217系は古い車両では製造から10年が経過し、搭載している電気機器の劣化が進んでいる。そのため機能維持を目的として2008年より走行関係の機器を中心とする更新工事が開始されている。これについては以前別の記事で紹介しているのでそちらを参照願いたい。

▼参考
JR東労組 - 安全 - 安全への挑戦 - 大菅踏切事故
交友社「鉄道ファン」2010年1月号(通巻585号)94~99ページ「スカ色ものがたり(2)」手塚一之
ほか多数

▼関連記事
E217系メーカーによる車体構造の違い (2006年8月8日作成)
E217系機器更新車 (2008年5月17日作成)

▼脚注
※1:工事誌にはあえて特殊な信号システムであるATCが導入された理由については一切記述がない。ただし、当時は現在のATS-Pのような確実に列車を停止させる装置が未開発であり、見通しの悪い地下区間での事故防止対策を優先して導入されたものと思われる。また、当時の国鉄は労働組合の力が非常に強く、その動き(組合側からATC導入の強い要求があった?)も反映したものと考えらる。なお、当時使用中のATS-S・B形は警報機能のみであり、解除するとあとは運転士の注意力に頼るほかない。そのため、導入後も衝突事故が相次いでいる。

※2:「大菅踏切事故」(1992年9月14日、成田線久住~滑河間で発生)。過積載(規定の4倍もの砂を積んでいた)のダンプカーが下り坂で止まれず、踏切に侵入、そこに通過中の113系が激突した。前面強化がなされていなかったことが災いし、運転席が大きくつぶれ、運転士1名が死亡、乗客65名が重軽傷を負った。事故後、JR東日本では既存の車両の前面強化を進めるとともに衝突試験による研究を行い、運転室後部への救出口設置(客室からみると壁に切り込みがあるのがわかる)や意図的に壊れやすい部分を造り、衝撃を吸収する構造(自動車のボンネットと同じ考え方)を採用した。

※3:ラッシュ時は超満員が当たり前の首都圏では追加料金を払っても着席通勤がしたいとの需要が多く、通勤ラッシュ時はグリーン車も満席が当然となっている。グリーン車用の定期券も存在する。

※4:当区間のATS-P化は福知山線脱線事故(2005年4月25日)の直前であるが、ほぼ全個所の曲線に加え、トンネル入口付近の急こう配区間にも速度制限用のATS-Pが設置済みであり、JR東日本の安全に対する意識の高さを裏付けている。同事故後は地上区間でも曲線・勾配の速度制限用ATSの設置が急速に進んでいる。


<2012年5月23日:E217系貫通扉に関して修正>
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コメント

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2009/12/03 02:09 | URL | 投稿者:pec
総武・東京トンネル経由の成田エクスプレス号乗車
僕は東京都育成会が参加してる日通の海外旅行は成田国際空港の空港第二ビルに集合します。出発のために日通の添乗員や医師、育成会の方々は空港のロビーへ時間に遅れずに集まります。僕は全席指定の成田エクスプレスは新宿から乗車し、空港第二ビルに着いたら降車します。品川から錦糸町まで深いトンネルに入ると地上の景色を見ることが出来なくなります。総武線と横須賀線はどうして地下に入ってしまったのか教えて下さい。
2010/06/03 20:53 | URL | 投稿者:タクロウ [編集]
Re: 総武・東京トンネル経由の成田エクスプレス号乗車
タクロウさま>
この特集の最初の記事で解説しているのですが、総武線の線増計画が提案された当初は東京~両国間についても地上に線路を敷設することも検討された形跡があります。しかし、この当時すでに東京都区内の地上は商業施設を中心として高度に利用され尽くした状態であり、また、地下に関しても浅い部分についてはすでに地下鉄の建設がいくつも計画されているといった状況でした。このため、やむを得ず現在のような地下20~30mという深部にトンネルが建設されたという経緯があります。現在の東京では地下50m近くまで地下鉄が走っているのは当たり前のことになっていますが、世界的に見るとこのような事例は稀であり、我が国の狭小な土地事情を表す極端な例といっても過言ではないでしょう。
2010/06/04 11:13 | URL | 投稿者:takuya870625(管理人)
1500番台
「2000番台との違いはATCの有無だけとなっている。」
となってますが、行き先用のサボ受けの有無でも判断できたと思うのですが・・・。
間違ってたらごめんなさい。
2012/04/04 18:46 | URL | 投稿者:マンボウ [編集]
Re: 1500番台
マンボウ様

>行き先用のサボ受けの有無でも判断できたと思うのですが・・・。

この記事に掲載している1500番台と同時に撮影した2000番台の写真と比較したところ、確かに2000番台では各車両の第1扉脇に行き先のサボを差し込む枠があるのを確認できました。よってご指摘の内容は正しいと思われますので加筆をしました。情報をお寄せいただきあるが棟ございます。
本来であればもう少し詳しく書きたいところですが、現物が無くなってしまったためこれ以上の修正は難しいところです。何かお気づきの点がございましたらお知らせください。
2012/04/09 20:23 | URL | 投稿者:takuya870625(管理人)
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