京橋駅~大阪城北詰駅 - JR東西線(3)

JR東西線 前人未到の深さで大阪中心部を貫いた地下鉄道のすべて
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■京橋駅 0km000m(木津起点44km830m)
▼参考
特集「平成9年開業新線」Ⅱ.JR東西線(片福連絡線) - 日本鉄道施設協会誌1997年7月号13~27ページ
JR東西線(片福連絡線)工事誌 - 日本鉄道建設公団1998年 縦断面図

●概説

より大きな地図で JR東西線(片福連絡線)詳細版 を表示

JR東西線の起点は既設の片町線(学研都市線)京橋駅である。0kmポストは駅中心よりも若干木津方へ行った地点(木津起点44k830m00地点)に設置されており、JR東西線の書類上の工事の起点は大阪環状線の高架橋をくぐった0km077m50地点となっている。京橋駅の尼崎方はホームを出るとすぐに上下線の間に京橋折り返しの列車が使用するY字の折り返し線が1本分岐する。引上げ線を分けた後は半径400mで南へカーブし、そのまま直進して両側の本線は地下へ降りていく。

●現地写真
京橋駅学研都市線・JR東西線ホーム(1・2番のりば)
京橋駅学研都市線・JR東西線ホーム(1・2番のりば)

京橋駅が開設されたのは1895(明治28)年10月の大阪鉄道(現在の大阪環状線)玉造~大阪間が開業した時のことである。当初下を交差する浪速鉄道(現在の片町線(学研都市線))は終点の片町駅に至近であることもあり、京橋駅は設けられていなかったが、1912(明治45)年に片町駅の付属施設(仮乗降場)としてホームが設置され、その翌年に正式な駅へ格上げされた。
太平洋戦争終戦前日の1945(昭和20)年8月14日には大阪市内の空襲で投下された1トン爆弾が命中。ホーム上に避難していた500~600名の尊い命が一瞬にして失われるという悲惨な歴史も持つこの片町線ホームであるが、戦後も片町線の大阪側ターミナルとしての機能を担い続けており、1970(昭和45)年には現在の1番のりば(JR東西線尼崎方面)の片面ホームが増設され上下線の乗降客分離による混雑緩和がなされた。1997(平成9)年のJR東西線開業後は中間駅となったこの片町線京橋駅であるが、乗り入れ路線の多さから駅全体の1日の乗車人員はJR西日本管内で第4位の13万5千人を誇っており、引き続き関西圏での主要駅という地位は変わっていない。

▼参考
JR京橋駅で空襲被災者慰霊祭-終戦から65年「次世代に伝え続ける」 - 京橋経済新聞
データで見るJR西日本:JR西日本

ホームからJR東西線尼崎方面を見る。上下線間に引上げ線が分岐している。 京橋駅を出発したJR東西線の電車。
左:ホームからJR東西線尼崎方面を見る。上下線間に引上げ線が分岐している。
右:京橋駅を出発したJR東西線の電車。

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前述の通り京橋駅の尼崎方には上下線の間にY字の引上げ線が設置されている。これは京橋駅で他線に乗り換える利用者が多く、当駅以東・以西の間で輸送量に段差が生じるためである。JR東西線開業当初は全時間帯に渡り京橋折り返しの列車が設定されていたが、直通運転の利便性が重要視されるようになったため現在では朝・夕のラッシュ時に数本設定されるのみとなっている。

■掘割~開削トンネル 0km250m~0km800m(坑口0km450m付近)
▼参考
特集「平成9年開業新線」Ⅱ.JR東西線(片福連絡線) - 日本鉄道施設協会誌1997年7月号13~27ページ
JR東西線(片福連絡線)工事誌 - 日本鉄道建設公団1998年 縦断面図

●概説

より大きな地図で JR東西線(片福連絡線)詳細版 を表示

京橋駅の引上げ線が分岐すると0km250m地点からJR東西線の本線は32.5パーミルの急勾配で地下へ降りていく。引上げ線は平坦であるため、下り勾配の本線の間に壁のように立ちはだかることとなる。JR東西線着工前、この付近には片町線の終点である片町駅が存在しておりJR東西線建設の支障となることから工事期間中は北側に仮駅を建設して営業を行った。この片町駅はJR東西線開業と同時の1997(平成9)年3月8日に廃止されている。
0km450m付近でトンネルに入ると、半径260mの急カーブで北へ進路を変えて土佐堀通(片町東交差点~片町交差点)の下かすめた後、大阪城北詰駅へ入る。カーブに入る付近では下を大阪市営地下鉄長堀鶴見緑地線(単線シールド×2本)が交差している。この区間はすぐ南に寝屋川が流れているが、トンネルは深度が浅いため全て開削工法で建設されている。なお、この区間の資金は鉄建公団P線方式で調達され、施工は営業中の片町駅との兼ね合いからJR西日本が行った。

なお、今回のJR東西線のレポートではトンネルの位置図にGoogleのマイマップ機能を使用する。これはこれまで使用していた国土交通省の国土情報ウェブマッピングシステムカラー空中写真にJR東西線着工後のデータが無いためである。(現時点で大阪市内の航空写真は1985(昭和60)年撮影のものが最新となっている。)マップでは原則として赤い部分が駅間トンネル、水色の部分が駅部トンネル、黄色い部分がそれ以外の関連構造物を表している。

●現地写真
京橋駅尼崎方のJR東西線トンネル入口 トンネル直上は駐車場とコイン洗車場
左:京橋駅尼崎方のJR東西線トンネル入口。ポイントが放置されている。画面右端の建物は京橋電車区。
右:トンネル直上は駐車場とコイン洗車場

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JR東西線のトンネル入口周囲は駐車場やビルが建ち並んでいるが、線路上を跨ぐ歩道橋からトンネルに出入りする電車を見ることが可能である。トンネル入口の北側にあった片町駅は当然のことながら全ての設備が撤去されており、跡地は東側半分が空き地、西側半分が京橋駅前にあるスーパー「ダイエー」の駐車場となっている。東側の空き地には理由は不明だが片町駅で使用されていたと思しきポイントがまるごと1基放置されている。
引上げ線が終わり、変電設備と思われる大きな白い建物の下をくぐるとJR東西線は完全に地下に入る。トンネル入口の真上は民間のコイン洗車場となっている。この付近で下を地下鉄長堀鶴見緑地線が交差しているが、地上・地下ともにそれを示す物は無い。

(おまけ)
片町橋から見た大阪城天守閣
片町橋から見た大阪城天守閣

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