尼崎駅 - JR東西線(29)

JR東西線 前人未到の深さで大阪中心部を貫いた地下鉄道のすべて
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尼崎駅の配線変更

▼参考
特集「平成9年開業新線」Ⅱ.JR東西線(片福連絡線) - 日本鉄道施設協会誌1997年7月号13~24ページ
総合技術講演会最優秀論文停車場・計画部門「尼崎駅構内改良」 - 日本鉄道施設協会誌1998年1月号70~73ページ

●概説
尼崎駅全体の航空写真
尼崎駅全体の航空写真
(C)国土交通省 国土情報ウェブマッピングシステムカラー空中写真データ(昭和60年)より抜粋
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JR東西線の建設中の仮称は「片福連絡線」、つまり片町線(学研都市線)福知山線(JR宝塚線)を連絡する路線である。このため、尼崎駅で両路線をどのように接続させるかというのは着工時から重要なテーマとなっていた。JR東西線着工前の尼崎駅は周辺に工場が立ち並んでおり、駅の構造もそれに合わせて貨物列車の運行を主眼に置いたものとなっていた。今では信じ難いことだが、東海道線(JR神戸線)の新快速・快速は全て通過するような典型的な工業都市の小駅に過ぎなかったのである。

改修前の尼崎駅構内配線福知山線上りホームの番号が飛んでいるのはかつてこの手前に貨物用の線路があったため。左下の「保守」と書かれた線路の先にもかつて工場の貨車授受線があった、
改修前の尼崎駅構内配線。福知山線上りホームの番号が飛んでいるのはかつてこの手前に貨物用の線路があったため。左下の「保線」と書かれた線路の先にもかつて工場の貨車授受線があった、
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JR東西線着工前の尼崎駅は東海道線・福知山線合わせて島式3面6線のホームで、ホームと駅舎は幅わずか2mの地下通路で連絡しているのみであった。東海道線外側線の隣には上下線とも貨物列車の待避線があったほか、駅の北側には周辺の工場へ接続する貨物取り扱い設備があった。また、神戸方にあった福知山線の分岐部分は上り線が駅の直近で急カーブしてすぐに北へ進み始めるのに対し、下り線は一度南側へ大きく迂回した後東海道線を直角に近い向きで跨いで北へ向かっていた。これらも全て駅構内の貨物扱い設備を避けた故の構造である。

当初計画された改修後の尼崎駅構内配線
当初計画された改修後の尼崎駅構内配線
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JR東西線着工に先立ち行われた国勢調査や大都市交通センサスの調査結果から、JR東西線は尼崎駅で福知山線・東海道線双方への相互乗り入れが必要とされた。このため、大阪方の合流部については福知山線・東海道線の両路線に接続しやすいよう、上下線とも東海道線内側・外側線の間に割って入る配線とし、運行本数調整のため東海道線内側線神戸方の上下線間に大阪・京橋方面から来た列車が使用する折り返し線(Y線)を追加することとされた。一方、ホームは当初計画では上下線とも中央の線路の両側にホームがある島式2面3線(計4面6線)と上り貨物待避線1線に移設・増設し、改修に莫大な費用が掛かる神戸方の東海道線・福知山線の分岐部分は現状のまま流用することとされ、1989(平成元)年の国の認可取得時はこの形で申請が行われた。
しかし、計画策定後にJR西日本の徹底した私鉄対抗策が功を奏し、福知山線・東海道線ともに利用者数が大幅に増加し、JR東西線開業後は福知山線新三田~篠山口間の複線化も予定されていることからさらに利用者数が増加することが見込まれたため、尼崎駅の改修計画を以下のように大幅に変更することとなった。

《問題点1》東海道線と福知山線が平面交差するため、福知山線の最大直通本数は東海道線6本/h、JR東西線4本/hに制限される。
→神戸方の福知山線分岐部分を東海道線の内側・外側線の間から立体交差で分岐する構造に改める。

《問題点2》ホームの使用形態が上下線で対称形にならないため、複雑で利用者の混乱を招く。
→ホームを4面8線とし、上下線でホームの使用形態を対称形にする。

《問題点3》東海道線・JR東西線とも尼崎駅折り返しが増加すると折り返し線が容量不足となる。
→京橋方面から来たJR東西線の折り返し駅を隣の福知山線塚口駅に変更する。これにより尼崎駅の折り返し線の容量不足を補うことができる。(なお、尼崎駅の折り返し線はホームを4面8線化したことにより東海道線内側線専用になった。)

《問題点4》下り貨物待避線をホーム上(中線2番線)とするため、貨物列車が遅延するとJR東西線に輸送混乱が波及する恐れがある。
→下り貨物列車の待避によるホームの占用を解消するため、貨物列車の待避駅を2つ先の東海道線西宮駅に移設する。(上り貨物列車は従来通り尼崎駅での待避とする。)

このほか、この配線変更では将来の拡張性を考慮して以下のような条件が課せられた。

1、ホーム長を245m(12両編成対応)、ホーム幅を8m(エスカレータの設置を考慮)とする。
2、特急・新快速のスピードアップを考慮し、東海道線外側線の最高速度を130km/hとする。
3、分岐器の速度制限は進入側60km/h(16番)、進出側45km/h(12番)とする。
4、福知山線の工事列車・東海道線上り貨物列車用に上り貨物待避線570mを確保する。
5、外側線・JR東西線・内側線の同時進出入を可能にする。


この結果決定されたのが以下のような配線である。

変更された改修後の尼崎駅構内配線
変更された改修後の尼崎駅構内配線
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最終的に改修箇所は軌道新設13.1km、軌道移設6.5km、軌道撤去11.2km、分岐器新設52組、分岐器撤去63組、総切替回数66回というゼロから新線を建設するのに匹敵する非常に大規模な工事となった。これに加え、着工と同時期に駅北側の工場が移転し、尼崎市主導の下跡地の再開発事業がスタートした。この事業の一環として尼崎駅の橋上駅舎化と南北自由通路の設置が要望されたことから、配線変更に合わせてこれらの改修も一括で行うこととなり、さらに工事規模が膨らむこととなった。工事期間中は土木・建築・電気など様々な工事が輻輳し、工事の進行は困難を極めたが、さまざまな工期短縮の工夫を行い、JR東西線が開業した1997(平成9)年3月に全面的な完成を迎えることができた。



●現地写真
尼崎駅ホーム。左端から1~8番まで線路がある。
尼崎駅ホーム。左端から1~8番まで線路がある。

尼崎駅にはJR東西線開業と同時に東海道線(JR神戸線)の新快速・快速全列車が停車するようになったほか、周辺の工場の移転に伴い駅北側にあった貨物設備が全て廃止され、跡地に大型のショッピングモールが建設されるなど尼崎市の交通の一大拠点に変貌した。尼崎駅のホームは4面8線でこれはJR東西線開業から現在に至るまで変化は無い。ホームは全て12両分の長さが確保されているが、現状でこの長さを終日使用するのは東海道線の新快速のみであり、新快速が入らない3・4・5・6番乗り場のホームは屋根が7両弱分しか設置されていない。

7・8番乗り場ホームから大阪・京橋方を見る。 1・2番乗り場ホームから大阪・京橋方を見る。
左:7・8番乗り場ホームから大阪・京橋方を見る。
右:1・2番乗り場ホームから大阪・京橋方を見る。

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尼崎駅大阪・京橋方面は神崎川橋梁へ向かって東海道線の内側・外側線とJR東西線の3複線が並ぶ壮大な光景が広がる。神崎川橋梁まではほぼ直線であるため、かなり遠方まで走行中の列車を見渡すことができる。尼崎駅手前のポイント群はそれほど配線が複雑ではないため、比較的コンパクトにまとまっており、大阪駅のように「どこまでが駅構内なのか判別できない」ということは無い
なお、この2枚の写真を良く見ていただくと前述の配線図には無いポイント(分岐器)が存在するのが確認していただけることと思う。ここではこのポイントについて解説することとしたい。

ポイント追加前の走行経路 ポイント追加後の走行経路
左:ポイント追加前の走行経路
右:ポイント追加後の走行経路

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JR東西線開業時の配線では、東海道線内側線(4・5番乗り場)からJR東西線には直接出入りができなかった。このため、「東海道線~JR東西線」の直通列車と「福知山線~東海道線」の直通列車が競合した場合、前者は2・7番乗り場、後者は3・6番乗り場を使用することとなり、同一ホーム上での乗り換えができなかった。これはサービス上好ましくないため、JR東西線開業後に大阪・京橋方に東海道線内側線とJR東西線を直接接続する片渡りポイント(制限速度70km/h)を追加し、JR東西線の列車が東海道線内側線に直接乗り入れられる配線にすることで同一ホーム上での乗換えを可能にした。これが前述の「配線図に無いポイント」である。なお、このポイント追加により尼崎駅の神戸方にある折り返し用のY線がJR東西線からも利用可能となったため、塚口折り返しに混じって尼崎折り返しが朝ラッシュ時に数本設定されている。(終着が4番乗り場になる列車。終着が2番乗り場の列車は降車完了後そのまま塚口駅まで回送する。)

3・4番乗り場ホームから神戸・宝塚方面を見る。 東海道線内側線神戸方の間にある折り返し用のY線。 7・8番乗り場ホームから神戸・宝塚方面を見る。
左:3・4番乗り場ホームから神戸・宝塚方面を見る。
中:東海道線内側線神戸方の間にある折り返し用のY線。
右:7・8番乗り場ホームから神戸・宝塚方面を見る。

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神戸・宝塚方面は東海道線内側・外側線の間から福知山線が立体交差(オーバーパス)で分岐する配線となっている。こちら側は下り線が2番乗り場から東海道線外側線に進出可能なのに対し、上り線は東海道線外側線から7番乗り場に入ることはできず、上下線で対称形の配線にはなっていない。東海道線内側線上下線の間には朝ラッシュ時を中心に当駅どまりの列車が使用しているY字形の折り返し線がある。

福知山線の付け替え

▼参考
片福連絡線に関連した橋梁の概要 - 土木技術1994年5月号51~58ページ
総合技術講演会最優秀論文停車場・計画部門「尼崎駅構内改良」 - 日本鉄道施設協会誌1998年1月号70~73ページ

●概説

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JR東西線開業前の福知山線は尼崎駅北側の名神高速付近から上下線が別ルートとなっていた。尼崎駅構内の配線変更に当たっては東海道線との分岐部分との兼ね合いからこれを同一ルートに揃えることになり、上り線を下り線側に統合した。また、東海道線との分岐部分は福知山線が東海道線の内側・外側線の間に入る配線となったため、上り線の既設の立体交差は流用できず、全面的に高架橋を改築した。
この高架橋改築に当たっては用地買収を最小限にするため、できるだけ現在線の用地内に線路を収めることが要求された。このため、東海道線を乗り越す部分は上り線が半径225m、下り線が240mの急カーブとなり、高架橋のスペースを削減するためカーブに合わせた単線のトラス橋(長洲跨線線路橋を架設することとなった。急カーブ上のトラス橋は京葉線新木場~潮見間の夢の島橋梁などがあるが、いずれもカーブ半径は300m以上であり200m台というのは前例が無かった。カーブした橋梁で問題となるのは橋桁の重心がカーブの外側に偏ってしまうことと、橋梁上を列車が走行する際遠心力で横方向の力が発生することである。この対応として、全長が長い下り線側のトラス橋については幅を広くする代わりにカーブ半径を350mに大きくし、横方向の力に対応できる軌道の固定方法を採用することで急カーブ上でのトラス橋架設を可能にした。トラス橋は営業中の東海道線の真上に架設することになるため、部材を分割して組み立てる手法がとれず、線路敷地外の仮設橋脚上に組み立てたトラス橋を線路上空でスライドさせて正規の位置に架設するという方法が取られた。

▼脚注
※ 全長は上り線60m、下り線84m。トラス橋の曲線半径は上り線225m、下り線350m。

▼参考
takuya870625のフォト - 関東・JR - [鉄道]京葉線夢の島橋梁

●現地写真
名神高速手前の付け替え区間終点。
左:上り勾配で高度を上げていく線路が福知山線。右端のトラス橋が東海道線を跨ぐ長洲跨線線路橋。
右:名神高速手前の付け替え区間終点。

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尼崎駅北側は再開発に伴う区画整理が進んでおり、東海道線の直近まで公道が完成している。左の写真はその公道から長洲跨線線路橋を見たところである。写真では逆光でわかりづらいが、長洲跨線線路橋のトラスは全て耐候性鋼となっており、無塗装の黒色となっている。なお、福知山線旧上り線の廃線跡は区画整理に伴い大半が撤去されているが、道路の形状にその名残を感じることができる。
東海道線から離れてもしばらく上り線の付け替え区間が続く。付け替え区間が終わる地点が右の写真の名神高速と交差する手前の地点である。

この風景に見覚えのある方も多いのではないだろうか?

そう、2005(平成17)年4月25日に発生した福知山線脱線事故の事故現場である。

この事故では半径304mのカーブに制限速度(70km/h)を大幅に上回る116km/hという高速で進入した電車が、カーブを曲がりきれずに写真の奥に見えるマンションの1階に飛び込んだものである。先頭車両はマンション1階の立体駐車場に完全に入り込み、続く2両目は後続車両に押されながら建物に巻きつくように大破し、乗客106名、運転士1名が死亡、乗客549名が負傷するという日本の鉄道史上屈指の大事故となった。既に運輸安全委員会から発表されている通り、伊丹駅でのオーバーランに関する無線交信に気を取られた運転士のブレーキ操作が遅れたこと、人為的なミスを補うはずのATSが一切設置されておらず事実上速度無制限で走行できたシステムの重大な欠陥が主たる原因であるが、事故当時の報道ではJR東西線直通に伴う線路付け替えが原因であるという論調が少なからず存在した。だが、本記事一番上の航空写真をご覧いただければわかるとおり、付け替え前の福知山線上り線は尼崎駅直前で現在とほぼ同じ半径で逆方向にカーブしており、この指摘は完全に的外れであるといえる。事故の凄惨さから槍玉に上げられやすいという節はあったものの、大手のマスコミが過去の状況を顧みずに一方的に感情的な報道した事実は真相究明を遅らせかねない事象として反省されるべきだろう。
ちなみに、左側の線路用地が広くなっているのはかつてここから尼崎港線が分岐していたためである。脱線した列車が飛び込んだマンションは旧上り線と現在線の間の三角形状の土地に建っているもので、居住者の退去は完了しているが解体はされておらず、事故の衝撃で欠けた外壁や柱は今もそのままとなっている。その手前に見える白い囲いの中には献花台が設置されている。事故後にカーブの制限速度は60km/hに引き下げられたが、カーブ手前のATSがかなりタイトな値に設定されているためか(現在に至るまで度々過剰動作が発生している)、通過する列車は制限速度よりかなり遅い速度で通過している。

▼参考
福知山線脱線事故・事故調査報告書 - 運輸安全委員会

(つづく)
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