カテゴリ:鉄道:建設・工事
東京メトロ・都営地下鉄一元化問題と「九段下駅の壁」撤去工事
公開日:2012年01月20日20:23

東京メトロ・都営地下鉄の九段下駅では乗り換え利便性向上を目指し、去る2011年12月より半蔵門線ホームと都営新宿線ホームを仕切る壁を撤去する工事が開始されました。今回はこの工事に加え、長年にわたって続けられてきた東京メトロ・都営地下鉄の経営一元化に関する議論について解説いたします。
■東京メトロ・都営地下鉄経営統合に関する議論の経過
現在、東京都内の地下鉄は東京地下鉄株式会社(東京メトロ)と東京都交通局(都営地下鉄)の2種類が存在しています。
東京メトロの前身である帝都高速度交通営団(営団地下鉄)は戦時中の交通統制(陸上交通事業調整法)に基づき政府と東京府が共同出資して1941(昭和16)年に設立され、東京の地下鉄整備を担当することとなりました。しかし、戦後10年程度が経過し高度経済成長期に入ると、人口増加の速度が急激に上がり、早期に地下鉄路線網の整備を行必要性に迫られたため、1958(昭和33)年に1号線(都営浅草線)の免許を東京都に譲渡し、以後は営団・東京都の2者が地下鉄の整備・運営を行っています。
このようにして進められてきた東京の地下鉄整備も1990年代に入ると大方完了し、政府の特殊法人改革の一環として営団地下鉄の民営化が主張されるようになり、2001(平成13)年の閣議決定で「現在建設中の11号線が完成した時点で特殊会社化すること」という方針が示され、翌2002(平成14)年には営団地下鉄の民営化を定めた「東京地下鉄株式会社法」が制定されました。そして予定通り2004(平成16)年4月1日、営団地下鉄は東京メトロに移行し、以後は国が53%、東京都46%を出資する株式会社として運営されています。なお、当初は民営化に関する法律に則り、2008(平成20)年の副都心線開業後に株式上場を行い、完全民営化を行う予定でしたが、直後に到来したリーマンショックによる景気の大幅悪化により無期限で見送られ現在に至っています。

乗り入れ先の東急目黒線日吉駅で並んだ東京メトロ南北線9000系と都営三田線6300系。2008年9月14日撮影
このように東京の地下鉄は東京メトロ・都営地下鉄の2者で運営されていることから、同一の駅を使用していながら改札口が別となっていたり、料金体系が異なるなど利用者の混乱を招いているという現実がありました。そのため、これまで幾度となく両者の経営統合が検討されており、実際の施設にもその考え方が色濃く反映されたと思われる構造が多々見受けられます。一例としては今回取り上げる九段下駅がありますが、その他にも大手町~日比谷間の東京メトロ千代田線・都営三田線が一体になったトンネル、目黒~白金高輪間の東京メトロ南北線と都営三田線の同一線路の共有などが挙げられます。
この経営統合問題についてはマスコミでもこれまで幾度となく取り上げられてきましたが、実現に至ることはありませんでした。その理由としては都営地下鉄が抱える巨額の長期債務があります。東京メトロは東京の中心部を通る路線が多く集客力で優位であることに加え、副都心線以外の新線建設は行っていないため、民営化前より黒字経営となっていました。一方、都営地下鉄は利用者が朝夕にピークとなる郊外に多く路線を持ち、既設線と交差するため大深度に建設された大江戸線の建設費が経営を圧迫しており、営団地下鉄が民営化された2004年時点では経常損益が117億円の赤字となるなど、公営交通では典型的とも言える赤字経営となっており、統合は不可能という結論となっていたのです。
しかし、東京都交通局の経営努力により2006(平成18)年には史上初の経常黒字を計上し、長期債務も2000(平成12)年からの9年間で1兆6860億円から1兆1180億円へ約5700億円削減し、着実に経営状況は改善しています。これを根拠に東京都側は突然東京メトロとの統合論を蒸し返してきました。東京都の水面下での準備は2009(平成21)年には既に開始されていた模様で、同年6月にはTBSが「統合で合意」という報道を行うという一幕もありました。結果的にこれは誤報でしたが、この報道を機に東京メトロ・都営地下鉄の統合問題についての関心は飛躍的に高まり、翌年の「東京の地下鉄の一元化等に関する協議会」の開催へとつながっていきます。

混雑緩和に向け大規模投資が続く東京メトロ東西線。ワイドドア車15000系(右)の大量投入に加え、今後は南砂町駅のホーム2面3線化など施設側の大改良が予定されている。2011年8月13日、西船橋駅で撮影
東京の地下鉄の一元化等に関する協議会は2010(平成22)年8月から2011(平成23)年2月までの間に延べ4回開催され、東京都・東京メトロ・国土交通省・財務省の代表者が統合の是非に関して議論を交わしました。東京都側の出席者には統合についてかねてから過激な持論を展開してきた猪瀬直樹副知事も含まれています。4回の議論で東京都側が統合実現を強硬に主張したのに対し、東京メトロ・国交省・財務省側は統合に慎重となる見解(どちらかというと拒否に近い)に終始しました。4者の主張は大雑把にまとめると以下のようなものでした。
<東京都>
●統合が実現すれば乗継時の利便性が高まり、サービス向上につながる。
●営団地下鉄民営化時と比較して都営地下鉄の経営状況は大幅に改善している。
●メトロの株式上場後は一元化が不可能になる。今が最後のチャンス。
●株式上場は見送り、都営地下鉄との一元化を優先させるべき。
●メトロは新線建設も行わず、税金を使って建設した路線の収益を子会社の経営に回すことは問題。
●メトロ子会社のほとんどは本社のOBが経営しており、閉鎖的。
●2000億円もあるメトロの利益剰余金はバリアフリーや混雑緩和など利用者サービスとして還元すべき。
<東京メトロ>
●統合しなくても現行の設備で乗継サービスの改善を図ることは可能。
●株式上場は法律で定められたものであり、会社としても一丸となって準備してきたものである。
●一元化自体は否定しないが、都営地下鉄の長期債務など株式価値を毀損(きそん)するものでは困る。
●利益剰余金は長期債務削減や事業に必要な資産の取得に充てており、無意味な貯蓄ではない。
●子会社は技術流出を防止しつつ業務効率向上やコスト削減を図る目的で設置したものである。
●不動産事業は鉄道事業の収益を補完できるもののみ実施している。これは完全民営化後の経営基盤確保のため必要であり営団時代から取り組んでいるものである。
●バリアフリー化は建設が古い路線が多く、スペースの制約が非常に厳しい中で最大限努力している。今後10年以内のホーム~地上間のエレベータ1ルート整備を目指す。
●混雑緩和については複数の路線で大規模改良を行っている。
<国土交通省>
●メトロの完全民営化は1986(昭和61)年の行革審答申から言われていること。一元化は完全民営化が前提。
●メトロの株式を持っている立場としてはその価値が下がらないようにしなくてはならない。
●都営地下鉄の長期債務・累積欠損金の解消はどうするのか。
●証券会社3社によるシミュレーションによると株式価値はメトロのプラス分よりも都営のマイナス分が上回っており一元化はメトロの株式価値を毀損する。
●都営地下鉄の負債処理はメトロの株式配当を受けられることが前提であり、一元化と矛盾する。
●メトロの利益剰余金は安全性向上やバリアフリー対策など適切な形で使われていると考える。
<財務省>
●都営地下鉄の累積欠損は解消するべきである。
●都営地下鉄の企業価値は負債を大幅に超過しており株式価値に換算するとマイナス。
●メトロの株式を売却する立場としては早期売却について市場関係者と協議しながら進めていく。
以上のように、議論は全体的に見ると東京都が東京メトロの莫大な企業価値を手に入れたいがために、メトロ側の揚げ足取りに終始しているという印象が強いものであることがわかります。国土交通省側の主張にもあるとおり、東京メトロの企業価値は4000~6000億円のプラスであるのに対し、都営地下鉄の企業価値は5000~6000億円のマイナスとなっており、現時点での統合は東京メトロの企業価値をほとんど相殺してしまうことが確実です。また、東京都は東京メトロに対し利益剰余金(内部留保:平たく言えば貯蓄)を混雑緩和など利用者にサービスを還元すべきであると主張していますが、現に東京メトロでは当サイトでも度々取り上げている通り、副都心線開業直後から有楽町線や東西線など既存路線でこれまでにない規模の混雑緩和に向けた投資を続々と開始しており、ある意味的外れな主張であるといえます。また、東京メトロのビル・マンション・娯楽施設経営に対する批判についても、民間企業になった以上経営安定や企業価値向上のため自然に行われることであり(東京メトロは出来るだけ早い時期に株式上場が要求されていることからこれらの行為はなおさら必要となる)、やはり主張としては合理性が見出せません。このため、最終的な結論として
1、経営の一元化については課題が多いことからすぐには実行せず検討を継続する。
2、東京メトロの早期完全民営化(株式上場)については当面保留とし検討を継続する。
3、両者の間の乗り継ぎサービス改善を段階的に進めていく。
A:九段下駅の仕切り壁を2012年度中に撤去する(後述)。
B:岩本町駅~秋葉原駅など乗継割引の対象駅の追加指定。
C:乗継割引(現行70円引き)の金額アップ。
D:改札通過サービス(同じ駅の違う会社線のホームを通過して離れた地上出入口へ行けるようにする。)
E:本郷三丁目駅の丸ノ内線・大江戸線の間に乗換通路を新設。
という内容が提案され、完全な経営統合ではなく利用者サービスの一元化という方向で意見が統一されました。
▼参考
東京の地下鉄の一元化等に関する協議会の開催について/東京都都市整備局
【東京メトロに聞きました】東京メトロと都営地下鉄が統合という報道! 本当ですか? - ガジェット通信
またも東京メトロ上場に“黄信号”、地下鉄統合議論の混沌(1) | 企業戦略 | 投資・経済・ビジネスの東洋経済オンライン
メトロ株売却をストップ、一元化を目指す| nikkei BPnet 〈日経BPネット〉
→猪瀬直樹氏の寄稿記事
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■「九段下駅の壁」撤去開始(2011年12月30日取材)


左:半蔵門線側ホームにある都営新宿線階段部分の出っ張り。
右:3箇所にある「非常口」の先は都営新宿線ホーム。
※クリックで拡大
上記の協議会での議論の結果を踏まえた乗継サービス改善事業の第1号として選ばれたのは九段下駅の東京メトロ半蔵門線・都営新宿線ホームでした。九段下駅は東京メトロ半蔵門線と都営新宿線のホームが同一フロア(地下4階)に隣接しています。この両線のホームはともに対向式ホーム2面2線のように見えますが、実際のところは半蔵門線の押上方面行きホーム(4番線)と都営新宿線新宿方面行きホーム(5番線)は島式ホームとなっており、中央に間仕切り壁を設けて東京メトロ・都営地下鉄を区分しています。また、ホーム上をよく見ると階段ではない使途不明の出っ張りがいくつかありますが、これは壁の反対側のホームの階段が設置されている箇所です。この壁には両ホームを接続するドアが3箇所あり、「非常口」いう扱いになっており、ドアに近づいて耳を澄ますと反対側のホームにいる電車の走行音や構内放送が聞こえますが、このことは鉄道に詳しいマニア層を除けば一般にはほとんど知られていない事実でした。2010年6月に東京都の猪瀬副知事が、PRの一環としてこのドアを開放した状態をマスコミへ公開したのは記憶に新しいことかと思います。
乗継サービス改善事業ではこの仕切り壁を撤去し、半蔵門線・都営新宿線のホームを直接行き来できるようにすることになりました。工事期間は2011年12月15日から2013年3月末を予定されており、工事完了後の九段下駅ではこれまで会社が異なるため改札口を出る必要があった半蔵門線・都営新宿線の乗換を改札内で直接行うことが可能になります。

渋谷・新宿方では工事が既に始まっている
ホームの渋谷(半蔵門線)・新宿(都営新宿線)寄りでは去る2011年12月15日終電後より既に壁の撤去工事が開始されています。この部分の壁には半蔵門線側・都営新宿線側ともに工事用の仮囲いが設置されており、このことは駅構内の掲示物のほか、東京メトロ・東京都交通局のホームページ上でも発表されています。工事はホーム幅が狭いこともあり、基本的には終電~初電の間に行われており、今回訪問時もホーム上では目立った作業は行われていませんでした。


左:渋谷方の階段・エスカレータの地下3階部分。エスカレータ脇の壁が今後撤去される。
右:地下3階の押上方の端。画面中央の壁も今後撤去される。
※クリックで拡大
半蔵門線・都営新宿線の間の仕切り壁は地下4階のホームだけでなく、その上階にある改札内コンコースについても行われる予定です。撤去されるのは半蔵門線ホーム4番線渋谷方の階段・エスカレータ前(都営新宿線側はトイレ入口前~5番線新宿方の階段前)のL字型に屈曲している部分とコンコースの押上・本八幡方の端にある壁です。今回この部分については特に作業は行われていませんでした。
大々的なPRの元開始された九段下駅の壁の撤去ですが、筆者個人の見解としては残念ながらその効果は限定的であると予想しています。これは接続するホームの列車が東西逆方向に向かっており、元々乗換利用が極めて少ないと考えられるためです。しかし、利用者の立場から見れば、東京メトロ・都営地下鉄のサービス一元化は利便性向上対策として大いに歓迎できるものといえます。猪瀬副知事の肝いりで始まった政策。今後は両者のサービス一元化により見かけだけのパフォーマンスに留まらない、優れた交通体系が構築されることを願います。
▼参考
東京の地下鉄のサービス一体化に向けた取り組みについて - 東京メトロ ニュースリリース(PDF)
東京の地下鉄のサービスの一体化に向けた取り組みについて - 東京都交通局
九段下駅の乗換改善に向けた工事の開始について - 東京メトロ ニュースリリース(PDF)
九段下駅の乗換改善に向けた工事の開始について - 東京都交通局
→タイトルが同じものは同一の内容。
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