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「PMSM」・・・電車用モーターの次のスタンダードとなりうるか?

PMSMを採用している東京メトロ16000系

前回の記事で、東京メトロ16000系の概要について解説をしました。今回はこの16000系の最大の特徴である永久磁石同期電動機(PMSM)について、これまでの電車用モーターの歴史とともに眺め、今後を考えてみたいと思います。

▼関連記事
東京メトロ千代田線16000系(2012年3月5日作成)

■これまでの電車用モーター

直流モーターの原理 直流モーターの例(国鉄201系MT60形)。内部に見える金色の部分が回転子の極性を切り替える整流子。
左:直流モーターの原理
右:直流モーターの例(国鉄201系MT60形)。内部に見える金色の部分が回転子の極性を切り替える整流子。2008年8月23日、JR東日本東京総合車両センター公開イベントにて撮影

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世界で初めて電気で走る列車(電車)が実用化されたのは1881年のドイツです。日本ではその15年後に京都市電(路面電車)で電車が使われるようになり、以後蒸気機関車の煤煙が問題となる大都市圏や主要幹線から順に普及が進んで行きました。これらの多くの路線では電化方式に直流(DC)を使用しており、動力源となるモーターにも直流直巻電動機(直流整流子電動機)が使用されてきました。直流モーターが使用されてきたのは回路中に抵抗器を挟むことにより、回転数のコントロールが容易にできることなどが主な理由ですが、戦後になり列車本数が増大すると電気を熱として捨ててしまう抵抗制御方式が問題視されるようになります。また、直流モーターには回転に応じて回転子の極性を切り替える「整流子」という部品がありますが、この部分は回転中も常に摩擦が発生しており定期的に交換が必要であることや、切替の際電気の火花が出ることから直流モーターの最大の弱点となっていました。1970年代に入ると半導体技術の進歩により抵抗器を使うことなくモーターに供給する電圧を変化させることが可能となりましたが、直流モーターの本質的な弱点は解消されず、全く違う駆動方式の開発が待たれました。
1990年代に入ると、電力用半導体が目覚ましい進歩を遂げ、電車の動力に使うような大電流でも応用可能となる半導体素子が開発されました。これに伴い登場したのがかご型三相交流誘導電動機(Induction Motor:IM)を利用したVVVF(可変電圧可変周波数)インバータ制御です。

三相交流の波形とIMの回転磁界の関係
三相交流の波形とIMの回転磁界の関係
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IMは電磁石の固定子の内側に、導体(銅の棒)が環状に配置された回転子を挿入した単純な構造となっており、外側の固定子には三相交流(位相が120度(1/3サイクル)ずつずれた交流電流が3本組み合わさったもの)を流すことにより回転磁界が発生します。内側の回転子には固定子から与えられた回転磁界により誘導電流が発生し、その磁界の動きに合わせて回転します。三相交流の周波数と磁界の回転速度が対応しているため、周波数を上げれば回転速度は速くなります
かご型三相交流誘導電動機やVVVFインバータ装置は電気接点がなく、構造も簡単であるため軽量化、メンテナンス性、高速運転への対応などあらゆる面で直流モーターを卓越する優位性を持っています。新幹線の300km/h運転が可能になったのもこのVVVFインバータ制御の開発に依るところが大きいのです。VVVFインバータ制御は登場後も使用される半導体素子・制御プログラムの改良、モーターの高出力化など進歩を続けてきました。これにより、新造車のほとんどでこの駆動方式が採用されたことはもちろんのこと、抵抗制御など別の駆動方式だった車両の機器を丸ごと載せ換え、省エネルギー化・メンテナンスフリー化を実現した例も存在します。

かご型三相交流誘導電動機を分解したところ。手前の回転子は単なる導体である。
かご型三相交流誘導電動機(JR東日本E231系MT73形)を分解したところ。手前の回転子は単なる導体である。2008年8月23日、JR東日本東京総合車両センター公開イベントにて撮影

■永久磁石同期電動機「PMSM」

登場から20年以上が経過したこのかご型三相交流誘導電動機とVVVFインバータ制御という組み合わせはすでに成熟した技術となり、これ以上の大幅な性能向上は難しい状態にあります。そこで、これまで確立されてきたVVVFインバータ制御の技術を生かしつつ、さらなる省エネルギー化・メンテナンスフリー化をするべく開発されたのが前回ご紹介した東京メトロ16000系でも採用されている永久磁石同期電動機(Permanent Magnet Synchronous Motor:PMSM)です。PMSMでは回転子の中に永久磁石が埋め込まれており、IMと同じく、固定子から発生した回転磁界に同調して回転子が回転します。PMSMの特徴は以下の通りです。


●効率が高い
PMSMの回転子の断面構造。左が従来のSPMSM、右が16000系でも使用されているIPMSM。
PMSMの回転子の断面構造。左が従来のSPMSM、右が16000系でも使用されているIPMSM。
(注:実機では磁石がさらに細分化されているが、図が複雑になるため省略した。)


IMでは回転子側にも電流が流れることから、その電気抵抗によりある程度のエネルギー損失が発生することが不可避でした。しかし、PMSMでは回転子が永久磁石であり、電流が流れないことからエネルギー損失がほとんど発生しません。また、東京メトロ16000系で採用されているPMSMは回転子の鉄芯の中に永久磁石を埋め込んだIPMSM(IはInteriorを表す)となっており、磁気的な突起(突極性)が生じ、鉄芯にも固定子の磁界に引き寄せられる力(リラクタンストルク)が発生します。これにより回転子表面に永久磁石を配置した従来のSPMSM(SはSurfaceを表す)ではデッドウェイトとなっていた鉄芯からも効率的にエネルギーを取り出すことができます。

千代田線06系と16000系の1両・1km当たりの力行電力・回生電力の比較参考(9)
形式06系16000系両形式での差
実測値重量差考慮実測値重量差考慮
A:力行電力1.681.881.76+0.08-0.12
B:回生電力0.590.661.04+0.45+0.38
A-B:消費電力1.091.220.72-0.37-0.50
※単位は全て[kWh]

上の表は東京メトロ千代田線でPMSMを採用した16000系と、一世代前のIMを採用した06系の消費電力を比較したものです。編成重量は06系が266.3トンであるのに対し、16000系は298.0トンと約1.120倍に増加しています。これはボルスタ台車、車内液晶ディスプレイの採用などによるものです。このため、「重量差考慮」の数字は06系の数値をすべて1.120倍し、16000系と同じ編成重量であると仮定して比較しています。結果、力行電力は実測値では16000系の方が増加していますが、重量差を考慮した場合PMSMの高効率により16000系の方が減少しています。また、回生電力は実測値・重量差考慮値双方とも16000系で大幅に増加しています。これは16000系では回生失効※2が起きにくいベクトル制御を採用していることに加え、回生ブレーキの負担率を常時満車時相当目一杯まで設定しているためで、回生率(B÷A)は実に59%に上ります。(一般的な回生率はせいぜい30~40%程度。)
このように、16000系では力行・回生ブレーキともに効率自体はアップしていることになります。また、見方を変えればPMSMの採用により力行時の効率が上がった分は、走行安定性の改善や乗客サービス向上の原資として活用できたとも言えます。

▼脚注
※2 回生失効:回生ブレーキはブレーキ時に発電した電力を架線に戻し、他の列車に消費させるものである。回生失効とは早朝・深夜など列車本数が少ない時間帯では消費する車両が無いため、架線の電圧を上昇させるだけとなり、回生ブレーキが無効化されてしまうことを示す。

●騒音が少ない
PMSMの回転子はIMと異なり電流が流れないため発熱がありません。このため、モーターの冷却は固定子側の発熱のみを考えればよく、モーター内部は密閉した状態で空気は循環させ、外枠に走行風を当てるだけで冷却することが可能となりました。これによりIMで必須だった軸直結の冷却ファンが不要となり、風切り音などの騒音が減少しました。PMSMを採用している丸ノ内線02系更新車でのテスト結果参考(3)(4)では最大で5dB(デシベル)程度の騒音低減が実現しています。

●メンテナンス時の分解が不要
16000系のPMSMで使用されている永久磁石はネオジム・鉄・ホウ素を組み合わせた希土類磁石です。この磁石は大変磁力が強く、分解した場合には時計などの電子機器を狂わせてしまうことはもちろんのこと、そこかしこにある鉄部品を全て引き寄せてしまうなど危険を伴います。
一方、PMSMでは前記したような完全密閉構造によりモーターの内部にホコリなどの異物が入らないため、製造されてから廃棄されるまで全く分解せずに使用することが可能となっています。16000系での採用に先立って銀座線01系(01-238号車)で行われたテスト参考(4)では、1年間使用した後のPMSM内部は新品同様の清浄を維持していることが確認されています。なお、軸受のベアリングはモーター本体よりも遥かに寿命が短いため、途中で交換する必要がありますが、この部分についてもモーター本体を大きく開くことなくベアリングのみを取り外しできる構造にするなど安全性に配慮がなされています。

●制御は「1モーター・1インバータ」
PMSM車両(東京メトロ16000系)の回路構成
PMSM車両(東京メトロ16000系)の回路構成 ※クリックで拡大

PMSMは固定子の回転磁界の位置と回転子の位置が完全に一致しないと正常に回転できません。もし、双方の位置や速度が大きくずれた場合※3、加速できず回転が止まってしまいます。このため、PMSMの制御は従来のIMのように複数のモーターを1個のコントローラーで行うことはできず、1つのモーターに1個のコントローラーを割り当てる必要があります。このため、VVVFインバータ装置の複雑化・大型化によるコストアップが懸念されますが、16000系では2つのコントローラーで1つの冷却器を共用(2in1形)することにより、そのデメリットを最小限に抑えています。
なお、PMSMは回転子が永久磁石であるため、惰行中は発電機として作用し、そのままではブレーキがかかってしまいます。これを防止するため、惰行中はモーターのトルクがゼロとなるように電流を流し続ける制御を行います。また、高速走行時はモーターの発電電圧がインバータの供給力を上回り、それ以上加速できなくなるのを防止するため、回転子の磁力を打ち消す「弱め磁束制御」※4という仕組みも備わっています。この発電機の作用はモーターの回転位置の検出にも利用されており、回転位置のセンサーの故障による運転不能といった事態を回避しています。また、インバータでトラブルが発生した場合、モーターから逆流した電流によりインバータの素子が破壊される恐れがあるため、モーターとインバータの間には電気的に分離するためのスイッチが挿入されています。

▼脚注
※3:これを「脱調」という。
※4:逆起電力を抑えるという点では直流モーターにおける「弱め界磁制御」と同じ考え方。

このようにPMSMは従来のIMと比較して若干構造が複雑にはなるものの、それを上回るだけのメンテナンスフリーや省エネルギーといったアドバンテージを持ち合わせており、新世代の電車の駆動方式としての活躍が期待されています。既に東京メトロでは前記した通り千代田線16000系と丸ノ内線02系更新車でこの方式が採用されている他、今春より営業運転が開始される銀座線の2代目1000系にも採用されることが決定しています。また、このPMSMのシステムを開発した東芝が発表している論文参考(5)にはJR東海(東海道新幹線)やJR貨物のハイブリッド方式の機関車など複数の車両で実用化に向けた開発が進行中であることが記されています。さらに、非公式な情報ながら東武鉄道でも30000系にPMSMを搭載し、営業運転をしながらテストを行っているとの目撃証言(?)が相次いでおり、鉄道業界全体で注目度が高まりつつある技術となっています。

▼参考
「東武30000系 PMSM」での検索結果 - Google検索

■心配なのは資源の確保

PMSMで使われているネオジム磁石は前記した通り非常に磁力が強いため、鉄道以外にもハイブリッドカー、家電製品、パソコンのハードディスクのモーターなど様々な用途で使われています。このネオジム磁石の原料の1つであるネオジム(Nd)は希土類元素、いわゆる「レアアース」と呼ばれるもので、技術の進歩とともに需要が増加し続けています。レアアースの埋蔵量は中国が31%、CIS諸国(旧ソ連の一部)が21%、アメリカが15%、オーストラリアが6%とされていますが、実際の採掘は全世界の9割以上を中国に依存する異常事態となっています。このような独占状態となってしまったのは中国が環境破壊を無視した強引な方法※5により安価にレアアースを採掘してきたためですが、2年ほど前から中国政府はレアアースの輸出に対する規制を急速に強めてきました。規制を強めた表向きの理由は環境保護とされていますが、実態は中国の経済発展に伴う国内でのレアアースの需要急増に対応するための囲い込みであるといわれています。
中国の輸出規制によりレアアースの価格は2011年の初めに一気に3~5倍まで跳ね上がり、産業上重要な資源の採掘を1国に依存することの危険性を知らしめることとなりました。また、これとは別に日本特有の問題として中国との間に尖閣諸島などの領土問題が存在することがあり、外交上のリスクも指摘されるようになっています。(2010年の輸出規制はYouTubeに海上保安庁が撮影した映像が流出したことで話題となった尖閣諸島漁船衝突事件の直後であったことから、当初は事件に対する中国の報復措置であるといわれていた。)
このため、日本のみならず世界各国では中国以外でのレアアースの採掘を目指して調査を開始したほか、メーカーではレアアースの消費そのものを減らした新しい製品の研究開発も活発化しています。東日本大震災・原発事故を機に日本のエネルギー政策が大きな転換期を迎えている今、省エネルギー化の担い手として注目を浴びているPMSMなどの先進技術ですが、次世代のスタンダードとして定着させるにはその原材料の確保や希少元素の使用量削減などが新たな課題となると言えそうです。

▼脚注
※5 地中の鉱脈に直接硫酸アンモニウムなどの薬剤を注入して抽出する方法で土壌・地下水を汚染する。また、レアアースを含む鉱脈にはウランやトリウムなどの放射性物質も含まれており、分離後の残滓(ざんし)は適切に管理しないと無関係な一般人に対しても危害が及ぶ。

▼参考
●IM・PMSM関連論文・解説記事
(1)車両駆動用永久磁石同期電動機の開発 - 第205回鉄道総研月例発表会講演要旨(PDF)
(2)更なる低騒音,省エネルギーを実現する鉄道車両用パワーエレクトロニクス製品 - 東芝レビュー2006年9月(PDF)
(3)東京メトロ銀座線向けPMSM主回路システム - 東芝レビュー2008年6月(PDF)
(4)低騒音と省エネを実現した東京メトロ丸の内線車両のPMSM主回路システム - 東芝レビュー2009年9月(PDF)
(5)環境に配慮した鉄道車両用主電動機 - 東芝レビュー2009年9月(PDF)
(6)PM同期モータについて | 音声付き電気技術解説講座 | 社団法人 日本電気技術者協会
(7)電動機ベクトル制御の基礎1(座標変換の基礎) | 音声付き電気技術解説講座 | 社団法人 日本電気技術者協会
(8)No.26 モータと発電機の切磋琢磨|電気と磁気の?(はてな)館|TDK Techno Magazine
(9)永久磁石動機電動機の導入効果と今後の方向性 - R&M 2011年6月号4~7ページ

●レアアース問題
(10)レアアース輸出規制を強める中国への対処法(東京財団研究員平沼光)|記事|政策研究・提言 - 東京財団 - 東京財団 - THE TOKYO FOUNDATION
(11)大和総研/ レアアース問題で重視すべきなのは ~中国の輸出削減は日本に対する報復措置なのか?~
(12)中国のレアアース、止まらぬ価格高騰 - JBPRESS

●その他
(13)京都市電 歴史的建造物 | 博物館明治村


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