新京成電鉄くぬぎ山車両基地公開イベント(2012年10月20日)
公開日:2012年11月15日22:44
10月14日は1872(明治5)年に新橋~横浜間で日本初の鉄道が開通したことにちなみ、「鉄道の日」に指定されています。これに合わせて、毎年10・11月は全国の鉄道事業者で車両基地・工場の一般公開などのイベントが多数開催されます。今回はその中から先月20日(土)に開催された千葉県の新京成電鉄くぬぎ山車両基地の公開イベントの模様をお伝えします。
■新京成電鉄とくぬぎ山車両基地の概要
新京成電鉄は東京湾岸に位置する習志野市津田沼から江戸川を挟んで東京都と接する内陸部の松戸を結ぶ全長26.5kmの民鉄線です。設立は終戦直後の1946(昭和21)年で、翌1947(昭和22)年に新津田沼(初代:現在と若干位置が異なる)~薬園台間が開業したのを皮切りに1955(昭和30)年までに松戸駅までの延伸を完了させました。また、1953(昭和28)年には、親会社である京成電鉄の京成津田沼駅と接続するため、当時新津田沼駅近くに存在した京成電鉄の津田沼第二工場(現在イオンモール津田沼がある場所にあった)まで通じていた側線を本線に転用することとし、乗り入れができるよう軌間を狭軌(1,067mm)から馬車軌間(1,372mm)に変更しました。このとき新設されたルートは新津田沼駅を経由せず前原駅から津田沼第二工場の北側にあった藤崎台駅を経由し、京成津田沼駅に至る直線的なものとなっていました。しかし、これでは京成津田沼行きと新津田沼行きの経由地が異なり、新津田沼駅で国鉄(現JR)総武線との乗り換えが不便となることから、1968(昭和45)年に現在の新津田沼駅を通るルートに一本化されました。なお、軌間はその後京成電鉄が都営地下鉄浅草線との直通運転を行うにあたり、馬車軌間から標準軌(1,435mm)に変更したため、1959(昭和34)年に再度1,435mmへ変更しています。


左:新京成電鉄初の自社新造車両である800形。2008年6月1日、京成津田沼駅で撮影
右:京成千葉線直通開始記念ラッピングが施された新京成8000形。2006年12月16日、京成津田沼駅で撮影
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路線の位置の確定後は沿線の発展に合わせて設備の近代化が急速に推し進められ、1974(昭和49)年には京成電鉄からの譲渡車両に代わる初の自社新造車両である800形が導入(2010年引退)、翌1975(昭和50)年には新津田沼~松戸間の複線化が完了しました。1979(昭和54)年からは当時都心に直結していなかった北総開発鉄道(現北総鉄道)と相互直通運転(1992年終了)、2006(平成18)年からは京成千葉線への直通運転(片乗入れ)を開始し、千葉県北西部を縦断するルートとして機能しています。
▼関連記事
京成←→新京成直通前夜(2006年12月9日作成)
新京成線・京成千葉線直通運転「matsudo to CHIBA」(2006年12月24日作成)
■一般公開されたくぬぎ山車両基地

車両基地入口
新京成電鉄の車両基地は路線中央のくぬぎ山の1箇所に集約されており、朝夕には当駅止まりの列車も設定されています。車両の日常的なメンテナンスや法定検査も全てここで行われています。車両基地の施設は北初富~くぬぎ山間のほぼ中央の田園地帯の中に設置されており、東西に非常に長い形状となっています。毎年公開されるのは東側の工場設備と留置線があるエリアです。

新京成電鉄の全形式が揃った車両展示
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新京成電鉄の現有車両は全部で4形式あり、今回はその全車種(うち2つは編成両数の異なる同一形式)が展示されました。写真左から順に「8800形(6両)」「8800形(8両)」「N800形」「8900形」「8000形」となっています。以下、簡単に各形式の開設をしておきます。
●8800形(6両・8両)
1986(昭和61)年から1991(平成3)年までに8両編成12本(96両)が製造されました。直流1500V電化・長編成の電車列車としては世界で初めてVVVFインバータ制御を採用したことが大きな特徴です。2006(平成18)年からは車両の組み替えによる6両への編成短縮が開始されており、京成千葉線の直通運転にも充当されています。(最終的には全編成が6両化される模様。)6両化された編成は車番が88XX(Xは製造順通し番号)から88YY-Z(Yは編成ごと固有の番号、Zは連結位置)という表記に変更されています。
●N800形
初代自社発注車両である800形や8000形(後述)初期車の老朽取り換え用として2005(平成17)年から製造が続けられています。車両の基本構造は親会社の京成電鉄で導入が続いている3000形を基本としており、そこに新京成用の運転機器を追加した形となっています。全編成が6両となっており、京成千葉線の直通にも使用されています。
●8900形
1993(平成5)年から1996(平成8)年までに8両編成3本(24両)が導入されました。車体は軽量ステンレス構造で、京成グループでは異例となるボルスタレス台車を採用しています。また、1998(平成10)年には三菱電機・東京大学との共同研究により、回生ブレーキを停止時(0km/h)まで動作させる「純電気ブレーキ」を日本で初めて採用しました。(純電気ブレーキはその後8800型でも追加されている。)全編成が8両であるため、京成千葉線への直通はありません。
●8000形
1978(昭和53)年から1985(昭和60)年までに6両編成9本(54両)が導入されました。前面は2枚の窓ガラスの周囲を大きく窪ませ、その部分が茶色く塗装されていることから「タヌキ」と呼ばれることもあります。新京成初の冷房車であり、1981(昭和56年の製造車からは制御方式を抵抗制御から界磁チョッパ制御に変更し、回生ブレーキを採用しました。全編成が6両であることから、京成千葉線の直通には優先的に充当されています。2008(平成20)年からは制御方式をVVVFインバータ制御に変更する改造が行われた一方、改造の対象外となった初期製造の編成は廃車となっています。
新京成の各形式は京成電鉄やそこに乗り入れる各社で使用していない「8」を形式名の頭文字として使用しています。今回展示された車両はその中からさらに末尾の数字も8になっている車両が選ばれており、この数字に特別なこだわりがあることをうかがわせていました。なお、昨年は京成千葉線との直通運転を開始してから5周年に当たることから、記念ヘッドマークが制作されており、8000形に装着された状態で展示されていました。(→ヘッドマークの拡大画像)


車両展示の脇で行われていたモーターカーの試乗
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留置線に並行する地面が舗装された部分では工事などに使用するモーターカーの試乗が行われていました。モーターカーの車上には小型のクレーンが搭載されており、車両の前後で形状が全く異なっています。



上段:工場建屋内に停車中の8800形は休憩所・車掌体験に使用されていた。
下段左:8800形の台車 下段右:8800形のVVVFインバータ装置
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工場建屋内に停車中の8800形は休憩所・車掌体験に使用されていました。工場建屋内ではこの8800形のすぐ脇が通路として開放されており、普段はなかなか見ることができない車両の床下の様子も間近で観察することができました。下段の写真はその一例で、左は台車、右は走行用のモーターをコントロールするVVVFインバータ装置です。新京成8800形の台車は軸受と左右の台車枠の間に蛇腹状のゴムが挟まる独特な構造となっています。JR貨物の貨車が履くシェブロンゴム式台車(FT2形など)と外観上は似ていますが、8800形ではゴムの部分は上下方向の力は負担しません。


左:展示されていた廃車済みの8000形(8502編成)の先頭部
右:参考までに同編成の営業運転中時代の写真。2006年12月19日、京成千葉線みどり台~西登戸で撮影。
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部品整備エリアの一角には今年初めに廃車となった8000形(8502編成)から切り出された先頭部分が展示されていました。この8502編成は車体の塗装がデビュー当時のものに復元されたほか、車体側面の各所には新京成のイメージキャラクターである「しんちゃん」のステッカーが貼られるなど特徴的な車両でした。切り出された先頭部分の下にはキャスターが付いており、自由に移動できるようになっている模様です。




左上:踏切関係の機器の展示
右上:背後の棚には交換用のモーターなどが所狭しと並ぶ。
左下:軌道・信号関係の展示
右下:架線・電気関係の展示
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くぬぎ山駅は車両基地のほかに新京成電鉄の本社部門もあることから、工場内には車両関係以外の部門(軌道・信号・電気関係)の展示も行われていました。このような部品類は深夜の保守作業や新線建設以外では分解された状態ではなかなか見る機会がありません。


左:展示されたNゲージのジオラマ。左奥には新津田沼駅を模したと思しき建物もある。
右:中央に並ぶ8000形と8800形。脇をスカイライナーAE形が駆け抜ける。
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工場内の中央ではこの類のイベントでは恒例の鉄道模型(Nゲージ)のジオラマが展開されていました。ジオラマは20畳ほどはあろうかという巨大なもので、自社車両のほか、京成電鉄やつくばエクスプレスなど近隣鉄道事業者の車両も多数取り揃えられていました。ちなみに右の写真では停車中の新京成の車両の脇を京成スカイライナー(AE形)が通過していますが、車両基地のすぐ南には北総線の高架橋があるため、目の前で本物が通過する光景を見ることもできました。また、建物の中には新津田沼駅の駅ビル(イトーヨーカドー津田沼店)を模したと思しき物も確認できるなど、こだわりも感じられました。


左:8900形のミニ電車。右の風車は佐倉ふるさと広場をイメージしたもの?
右:ミニ電車の奥では8800形の先頭車化改造が進行中だった。
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別棟の工場建屋では8900形を縮小したミニ電車が運転されていました。ミニ電車の線路脇には千葉県内の名所・史跡をイメージした絵が飾られていたほか、線路自体が検査用の支柱の一部を取り外して敷設されるなど、力の入ったものとなっていました。
なお、ミニ電車の後ろではシートがかけられていたため車番は不明であるものの、8800形が6両化に向けて先頭車化改造中であることを確認できました。新京成電鉄の利用者数は東葉高速鉄道の開業や高度経済成長期に建設された沿線の団地群の高齢化の進展により、1990年代前半をピークに減少傾向にあり、最近では編成短縮・一部時間帯の減便・駅の夜間無人化などの合理化が急速に進められています。人口減少時代の到来を迎え、いよいよ経営のスリム化が本格的に始まったと見ることもできるかもしれません。

近隣の鉄道事業者・食品メーカーの出展もあった
工場内ではこのほか、自社関連グッズ・鉄道部品の販売、近隣の鉄道事業者である東葉高速鉄道・北総鉄道のグッズ販売、さらに近隣に営業拠点がある伊藤園・ミスタードーナツなどの食品メーカーなどの販売がありました。(伊藤園のブースでは余ったと思しき「映画けいおん!」のストラップが大量に配布されており、諦めていた全種類コンプリートを達成してしまいました・・・)
■鉄道連隊関係の展示
新京成電鉄の線路に異常にカーブが多いのは、旧陸軍鉄道連隊の演習線跡を流用したためであることをご存じの方もいらっしゃるかと思います。演習線跡という性格から、線路用地内には当時使用されていた物品が多数残存しており、新京成が直接入手もしくは発掘された品物の一部が展示されていました。
上の写真にあるコンクリートの棒は時代に使用されていた土地境界を示す杭で、「陸軍」の文字が刻まれていることが確認できます。近年は杭の風化のため、ほとんどが交換されてしまいましたが、演習線跡の一部は曲線改良のため新京成の線路に流用されなかった区間(二和向台~初富など)があり、そのような場所では現在もこの杭が残っている場合があります。


左:復元された演習線時代の軌匡。
右:創業時に譲渡された97式軽貨車。車輪はストッパーをはずすことにより軌間を変えることができる。
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左の写真は新京成電鉄の軌道敷から出土・復元された軌道の一部です。演習線の線路は戦地で使用することを意図した簡易的なものだったため、軌間が600mm(ナローゲージ)の軽便鉄道規格でした。戦地での鉄道建設・撤収は迅速に行う必要があるため、鉄製まくらぎとレールが固定された軌道を5m単位に分割した「軌匡(ききょう)」を敷設・撤去することにより行われていました。軌匡1個の重量は200kg近くになり、敷設時は貨車から投げ落としていたことから、負傷者も相次いだといいます。展示されていた軌匡は出土したのがまくらぎのみだったため、栃木県の足尾銅山に関する資料館である「足尾歴史館」から寄贈されたレールを組み合わせることにより復元されています。
右の写真は新京成電鉄創業時に譲渡(?)された演習線時代の貨車(97式軽貨車)です。「97式」の名称の由来は軍に制式採用されたのが皇紀(初代神武天皇即位)2597年※(西暦1937年)であることによるものです。この貨車は車軸両端のストッパーをはずすことにより車軸中央の棒を交換することが可能で、様々な軌間に自在に対応できることや、逆に車輪を交換することで道路の走行もできることから、国内のみならずアジア各国の戦地でも多用されました。新京成電鉄では貨車を入手後、開業に向けた軌道敷設や2度にわたる改軌工事の際この貨車を使用しています。当初10両存在したこの貨車も老朽化や専用機材の登場により数を減らし、1996(平成8)年からは残った2両が保存されています。
ちなみに、鉄道連隊の演習線は現在新京成電鉄が走る津田沼~松戸間だけではなく、そのまま南東に延長する形で内陸部を通り、四街道・千葉まで通じていました。このうち、千葉~津田沼間の廃線跡については2006年にレポートしていますので、そちらも御覧ください。
▼関連記事
鉄道連隊の跡を辿る―0、その歴史(2006年1月11日作成)
鉄道連隊の跡を辿る―1、千葉駅~千葉経済大(2006年1月11日作成)
鉄道連隊の跡を辿る―2、穴川から犢橋町(2006年1月12日作成)
鉄道連隊の跡を辿る―3、犢橋町から旧線跡を辿る(2006年1月16日作成)
鉄道連隊の跡を辿る―4、京成線と交差・習志野市へ(2006年2月3日作成)
鉄道連隊の跡を辿る―5、最終回・津田沼へ(2006年2月4日作成)
▼脚注
※この3年後(皇紀2600年)に制式採用された戦闘機が有名な「零式戦闘機(ゼロ戦)」である。
▼参考
新京成電鉄(公式Web)
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