幻の成田新幹線計画と東京駅(その1) - 京葉線新東京トンネル(19)


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首都高速八重洲線の下を過ぎるといよいよそこは終点東京駅のホームである。「京葉線新東京トンネルは造りかけの成田新幹線のトンネルを流用した」という噂があるのは本レポートの一番最初の記事で触れたとおりであるが、途中で建設が放棄されたという経緯から資料が極端に少なく、特にこの東京地下駅については書籍・ネット上など様々な場所においてその真偽に関する議論が絶えない。本レポートではこれから2記事にわたって旧国鉄の公文書を元に成田新幹線の計画の概要について明らかにし、その後実際の京葉線建設との関わりについて触れながら噂の真偽を確認することとしたい。

■成田新幹線計画の概要
▼参考
成田新幹線の計画 東工25-1(昭和49年3月)41~55ページ 日本国有鉄道東京第一工事局刊

成田新幹線東京駅の計画について述べる前にまず本記事では同線全体の計画について触れることとする。
成田新幹線は新しく開港する新東京国際空港(現・成田国際空港)と東京都心をアクセスする全長約65kmの新幹線として1971(昭和46)年策定の全国整備新幹線計画に組み込まれた。この路線の概要が国鉄の内部向け雑誌である「東工」に掲載されているので要点をまとめると以下の通りとなる。

●計画されたルートの概要

成田新幹線の計画ルート
地図:白地図、世界地図、日本地図が無料(by三角形)


東京駅~越中島貨物駅までは地下トンネルで、そのルートは現在の京葉線とほぼ同じである。(これについては次の記事で詳細に解説する。)越中島貨物駅構内で地上に出た後はそのままほぼ直線で東へ進み、荒川から先は営団地下鉄(現・東京メトロ)東西線の南側を並行して西船橋駅の手前まで進む。西船橋駅の手前で東西線を別れた後は下総台地をトンネルで貫通し、武蔵野線の手前で地上に出た後は現在の北総線千葉ニュータウン中央駅の位置に設置される予定だった「千葉ニュータウン駅(仮称)」までほぼ直線で進む。この千葉ニュータウン駅は成田新幹線唯一の途中駅で、周辺で開発中だった住宅団地「千葉ニュータウン」の住民の利便性を図るため計画された。千葉ニュータウン駅から先は現在の北総線と並行し、さらにその先では今年7月開業予定の成田スカイアクセス(成田新高速鉄道)とほぼ同一ルートで成田空港へ至る予定となっていた。(ただし、成田スカイアクセスは環境保護のため印旛沼付近で若干ルートを変更している。)空港内はすべて地下トンネルとなっており、終点の成田空港駅は2面4線のホームとなる計画であった。また、空港内のトンネルは将来ターミナルビルが増設された際、駅を追加できるよう考慮された。(後の「空港第2ビル駅」。)

●計画決定の推移
1970(昭和45)年5月18日 全国新幹線鉄道整備法が成立
1971(昭和46)年1月18日 整備新幹線基本計画に盛り込まれる
     同     1月19日 国鉄・鉄建公団に調査命令
     同     4月1日 整備計画決定(建設主体は鉄建公団)
1972(昭和47)年2月10日 工事実施計画認可
     同     5月2日 一部委託工事申し入
     同     11月11日 受託基本了承
1973(昭和48)年3月27日 国鉄東京第一工事局長と鉄建公団東京支社長間に受委託協定締結

成田新幹線は原則として鉄道建設公団が工事を担当することとされたが、東京駅付近の地下区間と成田空港駅については国鉄の営業に直接影響を及ぼすため国鉄が工事を受託することになった。なお、開業は成田空港開港と同時の1976(昭和51)年を目標とした。

●運行計画
1、空港関係旅客は東京~空港間直行とする。
2、ニュータウン関連旅客は各駅停車とする。
3、直行列車は最高速度250km/h、標準130km/hとし、東京~空港間の所要時間は30分とする。
4、編成は当初6両編成、将来12両編成とする。(内1両は荷物車)

成田新幹線の運行計画(東工25-1 42ページ表-6)


●需要予測
空港アクセスに占める輸送機関別の比率(シェア)は以下の表のように予測された。

乗用車:50%(1980年度以降は45%)
バス :15%( 〃 14%)
京成 :5%( 〃 7%)
新幹線:30%( 〃 34%)

また、成田新幹線利用者のうち、空港関連の利用者の内訳は以下のように予測された。

空港関連利用者(単位:人)(東工25-1 42ページ表-3)


また、千葉ニュータウン関連の需要は以下の表のように予測された。

千葉ニュータウン関連利用者(単位:人)(東工25-1 42ページ表-5)


この表の通り1985(昭和60)年以降は成田新幹線利用者のうち5%程度が千葉ニュータウン関連の利用者になる推計となっている。だが、これは千葉ニュータウンへの入居が計画通り進んだ場合の話であり、入居が十分進まなかった場合現在の北総線がそうであるように厳しい経営状態を強いられていた可能性が高い。

■計画の頓挫とその後

北総線印旛日本医大駅構内。右手の空き地は成田新幹線用に確保されていたもので、今後は北千葉道路が建設される予定。2008年11月2日撮影

このように、成田新幹線は空港利用者のみならず途中の千葉ニュータウンの住民も需要の一部として取り込まれていた。しかしながら、実質的に空港専用鉄道であることには変わらず、このことが後に「沿線に利益が無い」として建設反対運動を激化させ、建設中止へ至らせる一つの要因となってしまった。(言い方を変えれば千葉ニュータウン駅の設置自体が採算性の不透明さや建設反対運動をかわすための一種のパフォーマンスだったとも取れ、結局にその目論見が外れたと見ることもできる。)特に宅地開発が進んでいた東京都内や千葉県の西側での反対運動が激しく、計画が明らかになるや否や訴訟が提起されるなど着工はおろか用地買収すらほとんどできない状態であった。成田新幹線計画の推移が当時の運輸省が発行していた「運輸白書」に克明に記されているので引用すると以下の通りである。

▼参考
運輸白書(国土交通省Webページ内)

昭和47年運輸白書 - Ⅰ陸運 - (Ⅰ)鉄道
第2章 輸送力の整備増強 - 第1節 全国新幹線鉄道網の整備


…整備計画が決定し,工事実施計画を認可している路線は東北新幹線(東京・盛岡間496km),上越新幹線(大宮・新潟間270km)および成田新幹線(東京・成田間65km)の3線であり,いずれも昭和51年度しゆん工予定となつている。
…(略)…
建設工事費については,東北新幹線8,800億円,上越新幹線4,800億円,成田新幹線2,000億円となつており,総計1兆5,600億円必要であるが,46年度予算では国鉄に東北新幹線の建設費として,35億円,鉄建公団に上越および成田新幹線の建設費として,40億円,計75億円,47年度予算では同様に国鉄に500億円,鉄建公団に450億円,計950億円が計上されている。


1971(昭和46)年以前の運輸白書に新幹線に関する内容は登場しない。これは整備新幹線計画がまだ策定されていないためである。これ以降、予算額などに多少の違いはあるものの、1973(昭和49)年まで同じような内容が続く。

昭和50年運輸白書 - Ⅰ陸運 - (Ⅰ)鉄道
第2章 輸送力の整備増強 - 第1節 全国新幹線鉄道網の整備


…さらに現在建設を進めている新幹線は,東北(東京・盛岡間496km),上越(大宮・新潟間270km)及び成田(東京・成田空港間65km)の各線であり,49年度においては2,469億円投資され,50年度予算においては工事費として2,189億円が計上されている。しゆん工予定はいずれも51年度末であったが,総需要抑制による工事の抑制及び異常物騰による工事費の値上がり等によりり最近の工事規模は圧縮されており,また一部建設予定路線の住民の建設反対運動による工事着手の困難等により,大幅に遅れる見通しである。…


内容に最初の変化が表れたのは1975(昭和50)年である。ここではオイルショック後の不況に伴う工事費抑制に関する記述が目を引くが、注目すべきはその下、ここで初めて「住民の建設反対運動」という言葉が出てくるのである。これは東北新幹線の大宮以南と成田新幹線について述べている内容で、成田新幹線に関してはこれ以降ほとんど進歩を見せなくなる。

昭和52年運輸白書 - Ⅰ陸運 - (Ⅰ)鉄道
第2章 輸送力の整備増強 - 第1節 全国新幹線鉄道網の整備


…成田新幹線については,用地買収等困難な問題が多く,現在一部区間の着工にとどまっている。…


1977(昭和52)年~1980(昭和55)年まではこのような「困難な問題が多く…」のくだりが続く。そして1981(昭和56)年になるといよいよ本格的に事業を続けるか中止するかの検討が行われている旨の内容が現れる。

昭和56年運輸白書 - Ⅰ陸運 - (Ⅰ)鉄道
第2章 輸送力の整備増強 - 第1節 全国新幹線鉄道網の整備


…成田新幹線については,用地買収等困難な問題が多く,現在一部区間の着工にとどまっており,現在検討中の成田空港へのアクセス対策とともに,その取り扱いを決定することとしている。…


翌年1982(昭和57)年の運輸白書は、これまでとは全く内容が異なり新線建設に関しては一切記述が無く、代わりに国鉄の深刻な経営悪化やそれに対する政府の対応などが示されている。これは1980(昭和55)年に制定された日本国有鉄道経営再建促進特別措置法(国鉄再建法)を受けてのもので、人員削減や赤字ローカル線(特定地方交通線)の廃止とバス・第三セクター転換などに関する内容となっており、成田新幹線に関する記述は全くない。ただし、成田新幹線の建設中止は住民の反対運動だけではなくこの国鉄再建法も大きく影響しているとも言われており(つまり、空港旅客のみという採算性に疑問のある路線を経営が悪化している中で新規に建設することは認められないということ)、無縁であるとは言えない。
なお、この年は会計検査院の決算報告においても成田新幹線の完成の目処が立たないことについて厳しい指摘がなされている。

成田新幹線の建設工事として施行した空港駅施設等について

上記部局(日本鉄道建設公団)が施行している成田新幹線(延長65km)の建設工事は、昭和57年度末までに、建設費543億5028万余円を投入し、主として、成田空港駅施設及び同空港から土屋までの延長8.7kmの区間のトンネル、高架橋等の路盤工事を施行して、そのほとんどを完成したが、土屋・東京駅間の建設工事及び用地取得については、地元住民の反対等によって今後の建設の目途が立たず、また、これに代わる各種の鉄道ルート案についても、関連事業者等の利害関係の調整などの諸問題があって最終的な方針が確立していない。このため、空港駅施設等が長期間にわたり遊休化するおそれがあるばかりでなく、建設利息等が今後更に累増することになる。

引用元:会計検査院 昭和57年度決算検査報告


そして、1984(昭和59)年の運輸白書はというと

昭和59年運輸白書 - 第2章 旅客交通体系の充実
第3節 都市交通の整備 - 第1節 全国新幹線鉄道網の整備


…国鉄の設備投資については,安全確保のための投資に重点を置き極力抑制してきているが大都市圏のラッシュ対策等緊急を要するものについては,重点的に投資を行っている。新線の建設としては通勤別線赤羽・大宮間(18キロメートル),京葉線東京・蘇我間(46キロメートル)等の工事が進められている。


成田新幹線に関する記述は一切姿を消し、代わって建設中の通勤別線(埼京線)とこの前年に計画決定された「京葉線 東京・蘇我間」の記述が新たに登場している。本レポートで後述するが、この計画では京葉線の東京側のターミナルを東京駅鍛冶橋通り地下に設置することが明記されており、この年をもって成田新幹線の建設は凍結、事実上断念されたことになる。そして、1987(昭和62)年の国鉄分割民営化をもって成田新幹線計画は名実ともに消滅した。この間に着工できた成田新幹線の構造物は次の記事で述べる東京駅構内の連絡通路の一部と成田市土屋~成田空港駅間の路盤などごく一部に限られる。

数百億円も投じたプロジェクトが野ざらしのまま歴史に消える…とはいかなかった。

1991(平成3)年、放置されていた成田空港付近の新幹線路盤をJR東日本と京成電鉄が1線ずつ使用し、成田新幹線計画策定から実に20年の時を経てようやく空港直下への鉄道乗り入れが実現した。特に京成電鉄はそれまでバスへの乗り換えが必要な空港外に自前で建設したターミナル駅(現・東成田駅)を使用しており、このアクセスの悪さは同社の経営にも少なからず影響を与えていたため、空港直下への乗り入れは長年の悲願であったといっても過言ではない。
そしてさらに19年後の今年7月には、一旦は消滅したはずの成田新幹線計画の一部を復活させる形で、この空港直下のターミナルと京成上野駅を結ぶ高速新線「成田スカイアクセス」(京成成田空港線)が開通することになったのである。この成田スカイアクセスはかつて成田新幹線が建設されるはずだった北総線印旛日本医大~成田空港間に新線を建設し、現在京成本線を経由している特急スカイライナーの走行距離を短縮し、合わせて民鉄では最高速度となる160km/hの高速運転を行い、日暮里~成田空港間を最速36分で結ぶ計画である。これは当初計画されていた成田新幹線と比較しても遜色のない値である。成田新幹線計画策定から40年後の今年、都心とのアクセスの悪さで評判の悪かった成田空港のイメージがようやく180度転換されることとなる。

▼関連記事
京成日暮里駅新ホーム(2009年10月10日取材)(2010年1月2日作成)

▼参考
トップページ/成田高速鉄道

歴史は繰り返す」とはよく言われることであるが、この成田新幹線~成田スカイアクセスの歴史に関してもその言葉がまさにあてはまるといえそうだ。

(つづく)
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