京成博物館動物園駅跡

※この記事はYahoo!ブログから移行したものです。


上野公園の地下を通り抜けている京成本線は東京藝術大学の脇の道路の下を通っています。ここには廃止された博物館動物園駅の駅舎が残されています。

御前会議にかけられた京成の上野乗り入れ
成田空港への玄関口となるべく大改修中の日暮里駅を出た京成本線は、山手・京浜東北・宇都宮・高崎・常磐の計10複線あるJRの線路を越えたのち、そのまま台地の中へ突っ込む形で地下に入り上野へ向かいます。
この区間の開業は今から74年前の昭和8(1933)年で、当時のトンネルを幾度と無く改修しながら現在も使用しています。建設当時、用地となる上野公園は御料地(皇室の土地)であったため工事に際しては御前会議の許可を得る必要があるという超難関が待ち構えていました。御前会議での許可は得られたものの、当初の計画であった開削工法でのトンネル建設は、桜の木の根を切り枯らせてしまうと注文が付いたため、当時の最先端の技術を用い、地表からわずか2.5m下に非開削のトンネルを掘るという難工事となりました。地上の道路にあわせて建設したため、最小半径190mという急カーブの連続となり(よって、この区間では耳を塞ぎたくなるほどの大きな騒音が発生しています。)、同じ測量を20回ほど繰り返した結果、日暮里・上野の両側から掘ってきたトンネルは3cmほどの誤差で貫通したそうです。



博物館動物園駅の駅舎。

日暮里~上野間にはかつて「寛永寺坂」「博物館動物園」の2つの駅が設けられていました。前者は日暮里寄りのトンネル入口付近に存在したもので、戦後すぐ廃止されてしまいました。
一方、上野公園の外れに位置する博物館動物園駅は少ないながら上野動物園や美術館・博物館への利用者があったため、営業が続けられました。開業以来一度も大きな改修工事がなされず、ペンギンの絵が残るコンクリートむき出しの壁や木製の改札ゲートなど、その異様な雰囲気は通過電車の車内からでも確認できました。



もう一つある駅舎。倉庫に利用されている。

「博物館動物園」の駅名は周辺にある上野動物園と東京国立博物館からとったものです。当初は動物園側、博物館側の2箇所の出入り口がありましたが、昭和40年代に動物園の正門が現在の場所に移動したことから動物園側の駅で入口は廃止されました。窓がふさがれた石造りの建物が残っており、倉庫として利用されています。



営業休止を記念して発売された硬券乗車券。

博物館動物園駅は地下にあるが故、車両の大型化に対応できず、1980年ころからは6両編成化された普通列車が通過するようになり、1時間に1、2本あった4両編成の列車でも、一部がホームからはみだして停まるなど使い続けるには無理が出るようになりました。さらに本数の減少や京成上野駅から近かったことから末期には利用者が1日500人未満となり、ついに平成9(1997)年廃止を前提として営業が休止され、平成16(2004)年正式に廃止となりました。地上の駅舎が扉で封鎖されたほかは特に手が加えられておらず、現在でも地上には歴史を感じさせる石造りの駅舎が残っています。また、列車内からでも暗闇の中にホーム跡を確認できます。なお、地上駅舎近くの植え込みの中にはトンネルに通じる通気口があり、電車が通過する際は通気口・駅舎の両方からその音が聞こえてきます。


▼参考
京成電鉄社史「京成電鉄85年の歩み」(平成8年京成電鉄刊)
Wikipedia - 博物館動物園駅
東京の廃駅 - 京成博物館動物園駅跡(リンク切れ)

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