上総中野から小湊鉄道へ

※この記事はYahoo!ブログから移行したものです。


大多喜を後にし、上総中野から小湊鉄道に乗車しました。上総中野でのいすみ鉄道・小湊鉄道の接続は1日に5本しかありません。きちんと計画を立てて行く必要があります。

ともに夢破れた同士の接点


いすみ鉄道と小湊鉄道の並び。

いすみ鉄道は先日の記事でも書いたとおり大原から木更津を目指して建設が行われたものの、上総中野までをもって中止された路線です。また、小湊鉄道は養老渓谷への観光路線と言う性格を持っていますが、一方でその名が示すとおりかつては安房小湊(JR外房線)を目指して建設が行われていた路線です。しかし、資金面・技術面で困難な点が多く上総中野までの建設にとどまりました。つまり、ここ上総中野は奇しくも全線建設の夢が叶わなかった鉄道同士の接点となったわけです。



上総中野駅の駅舎。横のヘンテコな建物は公衆トイレ。大多喜町で生産が盛んな竹をイメージしたもの?

上総中野駅はこうして2つの路線の終端駅となったわけですが、終端駅としては珍しく無人駅となっています。現在、いすみ鉄道・小湊鉄道の間は乗り換えのみでの連絡となっていますが、既に述べたとおりいすみ鉄道の経営改善策の一環として線路をつなぎ、直通運転を行う計画があります。

小湊鉄道キハ200形


左上:五井駅に停車中のキハ200形。五井近辺では通勤輸送の役割も果たす。
右上:キハ200形車内。
左下:年季の入った運転台(窓越し撮影)。
右下:昭和33年製を示す銘板。

小湊鉄道で使用されているのは昭和30~40年代に製造されたキハ200形で、全部で14両在籍しています(1両休車)。国鉄キハ20系をベースにした車両で今では数少ないDMH17系エンジン(多くの国鉄車両で採用された標準型エンジン)を搭載しており、さらに大半の車両が冷房化されています。通常は2~3両連結で運行されることが多くなっており、これは五井周辺での通勤輸送を考慮したものといえます。
写真の通りかなり丁寧に手入れがされており、車両の内外とも良好な状態を保っています。しかし、製造から約40年経過しており、メンテナンスを考えると先はそう長くないと見てよさそうな車両です。


おまけ


五井から千葉まで乗った113系です。千葉到着後はそのまま幕張へ回送になったわけですが、行き先幕の回転中にこんな表示を見ることができました。左は「鎌倉」右は「横須賀線」。ともに113系がかつて都心への通勤輸送を担っていたころの名残ですね。



千葉駅西口。雨が降ったようで地面が濡れていました。後で調べたところ、この日は夕方千葉市付近だけ雷雨になっていたようです。

2007年3月27日 房総半島横断の旅 終

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