カテゴリ:評論ネット論

発車メロディサイトが危ない!(2) - 日本版フェアユースの早期導入を

JR総武線津田沼駅のスピーカー(松下電器(現パナソニック)製ソノコラムスピーカー) 2008年6月6日撮影

前回の記事では個人が運営する発車メロディサイトの歴史と社団法人日本音楽著作権協会JASRACから加えられた制裁の概略について述べた。次にこの記事ではそれに対する私の主張(批判)について述べていきたい。

■これまでの歴史を無視した制裁
JASRACの制裁は非常に唐突であり、弁解・批判の間もなく行われたに等しい。だが、この制裁はこれまでの発射メロディの反映と業界の実情を全く無視したものであると言っても過言ではない。以下、その根拠・理由などを述べていく。

1、個人サイトに対して「後出し」
「その1」の記事でも述べたとおり、発車メロディがここまで鉄道趣味の1ジャンルとしての地位を確立した歴史は個人が無償で運営しているサイトの存在なしには語れない。YouTubeで発車メロディの「耳コピ」動画を制作したところ一躍有名となり、楽譜集「鉄のバイエル」を出版した松澤健氏も出版社であるダイヤモンド社のインタビューに対し「発車メロディに興味を持つようになったのはネットで見つけた実録ファイルがきっかけ」と語っている。このように繁栄を続けてきた発車メロディサイトをいわば「後出し」であるはずの音楽業界に潰されるというのはこれまでのサイト製作者の労力を著しく軽視したものであり、権力の濫用であるといっても過言ではない。この制裁は発車メロディに触れる機会を奪い趣味人口を減少させ、ひいてはCDも含め業界全体を萎縮させる可能性が出てくる。

2、調査・研究しているのが個人サイトのみである
最初に発車メロディのCDが発売されたのは2004年3月のことである。それから4年が経過し、いくつか「続編」は発売されているが、全国全ての発車メロディを網羅するにはまだ程遠い状態である。また、発車メロディに関して深く研究・考察を行っている企業・法人のWebページは2008年現在存在しておらず、これらの情報を知りたい場合は個人が運営するサイトに頼らざるを得ない状態である。

3、引用が認められていない
著作権法第32条では「公表された著作物は、引用して利用することができる。この場合において、その引用は、公正な慣行に合致するものであり、かつ、報道、批評、研究その他の引用の目的上正当な範囲内で行なわれるものでなければならない。」とされている。だが、JASRACの見解では楽曲の1小節どころか歌詞の1フレーズさえ引用することは認められていない。よって例えばJASRACの管理楽曲の調査の一環として使用したい場合は例えそれが曲の一部であっても手続きを行い、定められた金額を支払わねばならない。この条項は法律に矛盾しておりかなり以前から問題視されている

4、曲の長さと相容れない使用料
ネット配信でJASRACに支払うべき使用料は「JASRACネットワーク課 - 使用量規定早見表」によると以下のとおりとなっている。

ダウンロード形式

ストリーム形式

配信曲数

年額(円)

月額(円)

年額(円)

月額(円)

1

1200

150

1200

150

2

2400

300

2400

300

3

3600

450

3600

450

4

4800

600

4800

600

5

6000

750

6000

750

6

7200

900

7200

900

7

8400

1000

8400

1000

8

9600

1000

9600

1000

9

10000

1000

10000

1000

10

10000

1000

10000

1000

以降、10曲

以降の加算

10000

1000

なし

なし



たとえば発車メロディ1曲をストリーム形式で配信する場合、年間の使用料は1200円となっている。※1だが、CDシングル1枚の値段を考えればわかるとおりこれは1曲が数分あるクラシックやJ-POPなどの楽曲を基準にしたもので、長くても数十秒しかない発車メロディのような曲の配信を意図したものでは無いと考えてよい。しかし、規定では曲数のみを問題としているため例え現在CD販売されていない(=現地に行く以外聞く手段が無い)数十秒の発車メロディを1つ配信するだけでも年額1200円を払わねばならない。諸外国の使用料の相場が不明であるため比較はできないが、ネット配信が権利者に与える損害に対しページ作者が負担すべき金額があまりにも重過ぎると言ってよい。

5、表現の自由を制限してしまう
3と関連するが、この使用料は本気で発車メロディが好きで、かつすでに社会人として十分余裕のある経済状況にいる人なら必ずしも払えないものではないだろう。だが、発車メロディを公開している人の中には中学生・高校生など収入の無い未成年※2も多く含まれている。この人たちからすれば年額1万円というのは極めて重い負担であり、ほとんどの人が発車メロディの公開を断念しなければならない。つまり、経済的能力によって表現の自由が制限されると言うことになってしまうのである。

■一刻も早い「フェアユース」の導入を!
今回の発車メロディ公開サイトのような悲劇を繰り返さないためにはどうするべきか?
現在の著作権法は個々のの事例に対してどのように規制をすべきかを列記したものであり、そこで想定されていない新しい業種(特にネット配信)に関しては例えそれが権利者に与える損害が十分小さく、かつ社会的に得られる利益が大きい場合であっても違法とされる事例が多発している。(当然個の中には今回のような個人サイトも含まれる。)
このような情勢を鑑み、内閣に設置された「知的財産戦略推進事務局」の「デジタル・ネット時代における知財制度専門調査会」では、ネットでの著作物の円滑利用法としてアメリカですでに一般的となっている「フェアユース」を日本にも導入すべきであると提言している。フェアユースとはアメリカ合衆国連邦著作権法107条で規定されているもので、利用する目的、範囲、量などを抽象的に示し、幅広く著作物の利用を認める条項である。これが音楽に関してもにも導入されれば、ネット配信、とりわけ個人サイトが非営利で行う場合の使用料は大幅に低減され(場合によっては無料で配信可能となる)、さらにはそれをきっかけとして今までなかったような新しいビジネスモデルが次々と考え出される可能性も出てくる。

デジタル録画機器の規制に見られるように権利者側は常に規制の強化を主張する。だが、規制が必ずしも音楽業界の反映につながるとは限らない。その事実は昨今のCD売り上げの低迷などが如実に示していることである。今後はフェアユースが導入され、ネットにおける個人の著作物配信は一種の「販促活動」や「実験」と割り切り、自由な創作活動が一層促進されることを願ってやまない。

▼脚注
※1:ページ内に広告(アフィリエイトも含む)が表示される場合は非営利配信にはあたらず、この数倍の額となる。レンタルサーバーのように意図しなくとも強制的に広告が表示されてしまうケースに関しては扱い不明。
※2:ここで未成年がWebサイトを運営することの是非を問う声が聞こえてきそうだが、話が複雑化するためそれについて論じない。

▼参考
oriori -Station館-
→最初にJASRACから要請が行われたサイト。
発車ベル使用状況 - hassya.net
→掲示板で本案件に関する議論が交わされている。
社団法人日本音楽著作権協会 JASRAC
社団法人 著作権情報センター
内閣知的財産戦略本部
→各種議事録など。
日本版フェアユース規定の導入[1]現行の著作権法では技術の進展に追随できない:ITpro
JR東日本 特急・急行・快速 駅ホーム自動放送+音片 オリジナル音源集 TECD-25549
→テイチクエンタテイメントの発車メロディのCD
著者が語る『鉄のバイエル』|注目の新刊ちょっと読み|ダイヤモンド・オンライン
→「鉄のバイエル」著者、松澤健氏のインタビュー

(おわり)
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