鉄道連隊の跡を辿る―5、最終回・津田沼へ

※この記事はYahoo!ブログから移行したものです。


京成本線と併走
 

左:京成本線が近づく(地図
右:高い街路樹。(地点不明)


京成本線と交差し習志野市に入ると、しばらく住宅地と工業地帯の中を進みます。右に日立製作所の工場が見えますが、この奥に行くと陸上自衛隊習志野演習場があります。(地図)今でもこういう用途で使われている場所があるのですね。そしてさらに行くと、道路は途中で一気に90度カーブします。半径は200m程度と思われ、鉄道として使われていたわりにはずいぶん急なカーブです。(通常は半径400m以上が基本)そのまま行くと再び急カーブし、先ほど交差した京成本線の線路と併走するようになります。京成大久保駅の駅前を通り、さらに線路と併走しながら進みます。

JR線と併走
 

左:車道が離れて遊歩道だけになる(地図
右:総武線との合流部(地図


津田沼駅が近づくと、車道は右へとはなれ、遊歩道単独で進みます。京成本線とJR総武線との交差部付近で、遊歩道は南西から北西に進路を変え、陸橋(鷺沼西跨線橋)をくぐりJR総武線に沿って進むようになりますが、すぐに団地にぶつかって道は途絶えます。ちなみに鉄道であった当時は、この先も総武線に沿って線路が延び、松戸方面へ行く演習線(現新京成線)とつながっていたようです。その線路があった土地に防衛庁の津田沼宿舎(津田沼から総武線快速下りに乗ると、発車後すぐ進行方向左側に見える団地)が立っているのは、当時の名残でしょうか。

その他、津田沼駅付近の遺構


左:千葉工業大学のレンガ門。登録有形文化財に指定。
右:イトーヨーカ堂裏、津田沼一丁目公園の蒸気機関車


鉄道第二連隊は現在の千葉工業大学の敷地にありました。当時の門柱がそのまま残されており、大学のシンボルにもなっています。また、イトーヨーカ堂裏の津田沼一丁目公園には鉄道連隊で使用していたK2形134号蒸気機関車が静態保存されています。鉄道連隊で使用した後は埼玉県所沢市のユネスコ村(2006年9月30日閉園)で保存されていました。以前は落書きが酷かったのですが、最近再塗装にあわせて柵が設置され、破壊の心配はなくなりました。



帰るついでに谷津干潟によっていきました。北海道の釧路湿原などと並んで、ラムサール条約に登録されています。端のほうを東関東自動車道とJR京葉線の高架橋が走ってしまっているのが残念ですが・・・。

参考
千葉情報館「房総の廃線」(サイト閉鎖)
千葉市稲毛区ホームページ「稲毛区の文化財」
千葉空襲写真誌(毎年7~8月に千葉市より配布されている冊子)

(修正履歴:2008年2月5日千葉工大レンガ門・津田沼一丁目公園の画像を追加)

(完)
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