カテゴリ:鉄道:駅・施設・風景
烏山線蓄電池駆動電車“ACCUM”(2:烏山駅の充電設備)
公開日:2014年11月04日21:29

烏山線の蓄電池駆動電車“ACCUM”のレポートの続きです。2回目の今回は終点である烏山駅に新設された急速充電設備について見てまいります。
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烏山線蓄電池駆動電車“ACCUM”(1:車両の概要)
烏山駅の充電設備
蓄電池駆動電車の走行形態としては、非電化区間は完全に無充電で走行する方法と、途中の主要駅に充電設備を設けて電力を補いながら走行する方法の2通りがあります。前者の場合、車両へのバッテリーの搭載量が多くなり、車両の重くなってエネルギー消費が増大したり、バッテリーにより車両のスペースが圧迫されるといったデメリットがあります。一方、後者の場合非電化区間内に新たに充電設備を設置する必要があり、コストがかかるという別のデメリットがあります。
烏山線に導入されたEV-E301系“ACCUM”では、この両方のデメリットを抑えるため、車両側には非電化区間(宝積寺~烏山間)を1往復できる程度のバッテリーを搭載しておき、非電化区間の終点の烏山駅に小規模な充電設備を置いて折り返しの待機時間にフル充電する方式が選択されました。

烏山駅の終端に新設された烏山変電所。「変電設備」「蓄電池設備」の看板がある。
烏山駅は2011年に蓄電池駆動電車の試験が始まるまでは対向式ホーム2面2線で、終端には客車列車が乗り入れた際機関車の付け替えを行う機回し線がありました。充電設備(烏山変電所)は駅舎に隣接していない側の線路と機回し線を廃止し、その跡地に建設されています。

変電所での蓄電池の有無による消費電力の違いのイメージ
烏山駅の充電設備の特徴として、地上側(変電所内)にもバッテリーを設置している点が挙げられます。
EV-E301系“ACCUM”に搭載されているリチウムイオン電池は、大電流により短時間で充電を完了させる「急速充電」が可能であるという特徴を持っています。(リチウムイオン電池が頻繁かつ短時間で充電を完了させることが要求されるノートパソコンやスマートフォンで広く普及しているのもこの特性があるため。)急速充電時は電化区間の走行電力と同等の電力(最大数千A)を供給する必要がありますが、人家がまばらな過疎地帯を走るようなローカル線の場合、近隣に大量の電力を供給可能な送電網が存在するとは限りません。場合によっては1日に数本しか走らない列車のために何十kmにも渡り新しく送電線を引く必要が生じ、気動車よりコスト面で大きく不利になってしまう可能性があります。
そこで、変電所内にも大容量の蓄電池を設置し、電力に余裕があるうちにこのバッテリーを充電しておき、列車到着後は蓄電池から放電した電力を使って車両に急速充電する方法が考え出されました。これはいわば「ピークシフト」と言える方法で、電力消費が平準化されるため、通常の街中にある配電線でも電力を供給することが可能となりました。
烏山駅の設備は以下のような構成になっています。

烏山駅の充電設備
変電所の大元となる電気は電力会社の交流6600V配電線から受電しています。受電した交流6600Vは変圧器と整流器(ダイオード)を用いて直流1500Vに変換されます。変換後の直流1500Vは駅のホーム上部に設置されている充電用剛体架線(剛体架線である理由は後述)に直結されており、そこから分岐する形で蓄電池にも接続されています。蓄電池は直流600Vで動作するため、前段には直流1500V・600Vを相互に変換できるコンバータが設置されており、蓄電池の充電時は降圧、放電時は昇圧を行います。
充電設備の動作の流れ
実際の充電の流れは以下のようになっています。
①待機状態

列車が在線していない間は整流器の出力(小電流)で架線を直流1500Vで加圧しつつ、変電所内にある蓄電池を充電します。
②列車到着・通常充電開始

列車が到着すると充電のためパンタグラフを上昇させます。パンタグラフを上昇させると車両への電力供給が開始され、車両のリチウムイオン電池に充電が開始されますが、この時点では引き続き整流器出力による小電流充電です。同時に架線の直前に設置されたCT(計器用変流器)が車両への電力供給が開始されたことを検出します。
③急速充電開始

CTが車両への電力供給を検出すると、変電所内の蓄電池に放電開始を指示します。蓄電池が放電を開始することにより、大電流での急速充電が開始されます。なお、この段階で蓄電池が満充電に達していない場合でも蓄電池の放電に切り替え、急速充電を行います。また、万一コンバータや蓄電池に不具合が発生した場合や、変電所の蓄電池の残量が尽きた場合は、整流器出力による小電流充電に切り替わるため、冗長性も持ったシステムとなっています。
④充電終了

車両のリチウムイオン電池の充電が完了すると、空調や照明のみへの電力供給になるため、車両が消費する電力が減少し、架線を通じて供給される電流も減少します。電流が減少したことをCTが検出すると、蓄電池の放電停止を指示します。
⑤パンタグラフ降下・発車(待機状態)

出発時刻になると車両はパンタグラフを降下して発車します。変電所では空になった蓄電池の充電が開始され、①の待機状態に戻ります。


左(1):線路終端の先から見た烏山駅の充電設備(変電所)
右(2):ホームに停車中の“ACCUM”と充電用剛体架線。手前に伸びるき電線が変電所に接続されている。
烏山駅の充電設備は終端側から「変圧器」「急速充電システム(コンバータ+蓄電池)」「充電用剛体架線」という順番で設置されています。東京電力の交流6600V配電線からの受電は、故障の際の予備を確保するため※なのか少し離れた電柱2本から電線が引き込まれており、これに対応して変圧器も2台設置されています。その奥にある急速充電システムは携帯電話の基地局で見られるようなステンレスのコンテナに全て収納されており、外からは内部の様子は見えません。なお、一般に蓄電池は温度変化が激しいと寿命が縮まるため、温度を一定に保てるようコンテナにはエアコンが設置されています。そして、最後にコンテナから出てきた直流1500Vの電線は、駅のホームにある充電用の剛体架線に接続されています。
▼脚注
※栃木県は夏場は雷の常襲地帯であり、落雷による送電障害が高頻度で発生している。

烏山駅ホームに設置されている充電用剛体架線。電流を均等に流すため、き電線と4箇所で接続されている。
ホームの終端側に設置されている架線は通常のカテナリ吊架式ではなく、地下鉄などで見られるアルミの成型材に銅線を留めた剛体架線となっています。これは急速充電中の大電流に耐えるためです。
急速充電中は1パンタグラフあたり最大で500A程度の電流が供給されます。これは電化区間での力行・回生運転中に匹敵する大きな数値です。走行中であれば、一瞬でパンタグラフが通過してしまうため、このような大電流でも問題はありませんが、停車中の場合接触位置が常に同じであるため激しい発熱が生じます。試験結果によると、通常のトロリー線単体を用いた場合、温度上昇は最大で80度にも達し、長期間の使用により溶断してしまう可能性が高いと判断されました。このため、断面積が大きく、張力もかかっていない剛体架線のみが使用可能であると判断されました。烏山駅では剛体架線を採用することに加えて、変電所につながるき電線との接続箇所を4箇所に増やしており、万一端子が緩んだ場合にも電流が集中して焼損しないよう考慮されています。
なお、烏山駅構内のみ急速充電が可能である架線が設置されていることを識別する特殊なATS-P地上子が設置されており、車両側はこの地上子を検出した場合のみ大電流での急速充電を許可します。地上子が設置されていない宇都宮駅や宝積寺駅では小電流の充電を行います。(ただし、宝積寺駅3番線は入線頻度が多いことからトロリー線が二重化されている。)
ちなみに、実際の充電の様子ですが、烏山線は烏山駅に向かって標高が下がる線形であることや、車両に搭載しているバッテリーは烏山線の往復分用意されていることに加え、バッテリーが新品で活性度が高いことも相俟って、急速充電は10分ほどで完了してしまうという状況でした。ニュース記事によると、バッテリーの消費量は下り列車(宝積寺→烏山)で約3割、上り列車(烏山→宝積寺)で約4割ということで十分余裕があり、烏山駅の充電設備は長時間の運転見合わせ等に備えた予備という意味合いが強いようです。
今後の展望

東京メトロ東西線では今年1月に非常用地上バッテリーのみを使用した列車の走行実験に成功した。2011年8月13日、西船橋駅で撮影
EV-E301系“ACCUM”の導入に先立ち行われたクモヤE995系「スマート電池くん」の試験では、非電化区間(烏山線)で完全にバッテリーに依存した走行に加えて、電化区間(日光線)でのバッテリーを使用したアシスト走行のテストも行われ、良好な結果が得られています。電化区間でのアシスト走行が可能になると、変電所の供給能力が弱い路線においても地上設備を増強することなく車両の高性能化を図ることが可能になるといったメリットがあります。
また、鉄道におけるリチウムイオン電池を使用したもう1つの可能性として非常時の代替電源として使用するアイデアも浮上しています。これは回生ブレーキで発生した電力を変電所に設置したバッテリーに貯蔵し、停電が発生した場合にはそれを最寄り駅までの走行電源として使用するというものです。今年1月26日に東京メトロ東西線において行われたテストでは、バッテリーのみを使用して西葛西~南砂町間(2.7km)の自力走行に成功しています。
10月末に発表されたJR東日本のグループ経営構想Ⅴ(ファイブ)「今後の重点取組み事項」では、新たに交流電化区間においても蓄電池駆動電車を導入する構想が盛り込まれました。同様の研究は他のJR各社でも進められています。電気自動車の普及が進み、街中にあるスーパーやコンビニでも充電設備を目にする機会が増えてきましたが、今後は鉄道においてもバッテリー駆動電車が普及していくことが期待されます。
▼参考
●JR東日本プレスリリース(いずれもPDF)
「スマート電池くん」の実用性を確認する試験を実施します(2012年2月7日)
「スマート電池くん」を実用化し、烏山線に導入します(2012年11月6日)
グループ経営構想Ⅴ(ファイブ)「今後の重点取組み事項」の進捗及び更新について(2014年10月28日)
●JR East Technical Review(技術論文・いずれもPDF)
蓄電池駆動電車システムの車両システムの評価(No.40-Summer2012)
蓄電池駆動電車システムの地上充電装置の開発(同上)
●その他
第36回 蓄電池で走行する電車 [JR東日本]|エネルギー新時代|J-Net21[中小企業ビジネス支援サイト]
新たな可能性への挑戦!!非常用地上バッテリー装置による列車の自力走行に成功!非常用地上バッテリー装置を使用し東西線西葛西駅~南砂町駅間2.7kmを走行(東京メトロニュースリリース/PDF)
交流電化区間に対応した蓄電池電車主回路の開発と走行試験による蓄電池性能評価(鉄道総研報告2014年7月号/PDF)
回生電力貯蔵システムによる列車自力走行実証試験とその評価(日立評論2014年9月号/PDF)
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