京王電鉄ATCの仕組み

ATC化により×印が付けられた調布駅の相模原線用出発信号機

京王電鉄では現在、信号保安装置を現行のATSからATCに更新する工事が進められています。今回は鉄道関連の専門雑誌の記事と今年1月に行った現地調査をもとに、この京王電鉄の新しいATCについて解説いたします。

改正省令に対応した信号システムの改良

2005(平成17)年に発生したJR西日本福知山線での脱線事故を受けて、国土交通省では「鉄道の技術上の基準を定める省令」を改正し、「曲線・分岐器・行き止まりなど危険箇所での速度を制限する装置(ATS/ATC)」「運転士の健康に異常が発生した場合列車を停止させる装置(デッドマン・EB装置)」「運転操作の状況を記録する装置」の3つの搭載が義務付けました。これに伴い、国内の鉄道事業者では車両・地上の信号システムの見直しを進めており、一部の事業者では現行の過密運行維持のため、ATS(自動列車停止装置:地上信号)の機能向上やATC(自動列車制御装置:車内信号)への抜本的な更新を図ることを発表しています。一例として首都圏では以下の事業者が信号保安装置の更新を発表しています。

●省令対応に伴う保安装置更新の例
京急・都営浅草線・京成・北総:1号型ATSをC-ATSに更新(計画自体は省令改正前からあり)
小田急:OM-ATSをD-ATS-Pに更新
京王:ATSをATCに変更
東武東上線:TSP(東武ATS)をATCに変更

京王電鉄のATC化もこの省令改正に対応した保安装置更新の1つです。

▼参考
鉄道に関する技術上の基準を定める省令等の一部を改正する省令(平成18年国土交通省令第13号)の公布について - 国土交通省

▼関連記事
京浜急行C-ATSの仕組み(2010年4月15日作成)
小田急の新しい信号・保安装置「D-ATS-P」(2011年4月5日作成)

従来のATSの仕組み

京王線新宿駅の車止め手前にある速度照査用地上子 調布駅構内にある誤出発防止用地上子(黒色の細長い板)
左:京王線新宿駅の車止め手前にある速度照査用地上子
右:調布駅構内にある誤出発防止用地上子(黒色の細長い板)

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京王電鉄のATSは1967(昭和42)年に導入されたもので、その仕組みは4月に記事を作成した小田急電鉄の現行ATS(OM-ATS)と基本的には同じものとなっています。信号の制限速度は減速(YG)が75km/h、注意(Y)が45km/h、警戒(YY)が25km/hで、信号機手前にある地上子を通過した際、現示に応じた速度照査を行い、その情報を保持する点も小田急電鉄のものと同一です。また、行き止まりや線路の分岐・合流箇所近傍の信号、急曲線手前に変周式地上子2個を複数組み合わせた速度照査がある点も同一です。小田急電鉄と異なる点としては

●進行信号でも最高速度(特急・準特急は110km/h、それ以外の種別は105km/h)の速度照査がある。
●待避線では誤出発防止ための特殊な地上子がある。


となっています。
また、これとは別に各車両に搭載されているモニタ装置(TNS:Train Navigation System)を使用して駅の誤通過防止も行っています。これは運転台のモニタ装置に挿入したメモリカードのデータを元に、停車駅に近づいたことを装置が判別するもので、ブザーを鳴らして運転士にブレーキ操作を指示し、それでもブレーキ操作をしない場合は強制的にブレーキをかけます。
このATSの欠点は

1、信号機の現示がアップしても次の地上子を踏んで情報が更新されるまで再加速できない。
2、地上信号機については制限速度が5段階しかないため、きめ細かい速度制御ができない。
3、地上子を用いた速度照査は安全上最も減速性能が悪い車両に合わせて設置されるため、車両性能が向上してもスピードアップができない。
4、信号機以外は連続速度照査ではないため、地上子を過ぎたら制限速度を超えて再加速できてしまう。


といったものがあります。特に京王線は新宿~笹塚間を除いて複々線化が現在も未完成であるため、特急から各駅停車まで全ての種別の列車が同一線路上を走行しており、省令改正による速度制限の厳格化で現行ダイヤを維持できなくなる恐れがあります。

▼脚注
:笹塚~つつじヶ丘間については先日地下化と高架化を併用した複々線化が発表され、現在環境アセスメントが行われている。これについては次回解説する。



京王ATCの仕組み

京王ATCではこれらの欠点を解消するため、以下のようなコンセプトのもとシステムの構築が行われました。

●高い保安度と運転効率を両立し、輸送力を低下させない。
●踏切と連携し、事故防止を実現する。
●無絶縁軌道回路・緩和ブレーキを採用し、乗り心地向上と省メンテナンスを実現する。
●現行設備(ホーム非常ボタンなど)を極力そのまま使用できる。


以下、各システムの概要について解説します。

1、装置の概要
京王ATCの装置構成
京王ATCの装置構成

現行ATSの地上装置は各信号機ごとに独立したメタルケーブルを敷設しており、高価かつ重厚な構成となっています。京王ATCへの更新後は新設されるATCの端末装置に加え、踏切制御装置や既存の運行管理システム(TTC)をLANで接続し、簡素な設備で各装置の連携を実現しています。ATC信号の地上→車上の送信はレール(軌道回路)を使用して行います。
一方、車上装置ATCで必要な機能に加え、現行ATSの機能、運転状況記録装置、GPSによる現在時刻の取得機能などが内包されており、運転台のスイッチでATS、ATC、入出庫、起動試験の4モードの切り替えが可能となっています。このため、車両側のATC対応改造は旧来のATSの機器を全て撤去してATCの機器に置き換えることで対処しています。

京王8000系ATC受電器 京王8000系ATC装置本体
京王8000系の床下に搭載されたATC受電器(左)とATC装置本体(右)。表面の文字から京三製作所製であることがわかる。
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2、列車間隔制御・速度制限に対するブレーキ

京王ATCでは車上演算式一段ブレーキを採用しています。これはATCの車上装置内に「車上データベース」を搭載し、ここからの情報をもとにリアルタイムでブレーキパターンを演算し、現在位置とパターンの情報を突き合わせてパターンに沿うようにブレーキ制御を行うものです。車上データベースは線路配線、曲線・勾配の数値、軌道回路区分、分岐器の有無、踏切・駅の非常停止装置の動作範囲、車両性能などATC制御に必要な基本情報が格納されているものです。
一例として、列車間隔の制御の方法は以下の様になっています。

京王ATCの動作イメージ
京王ATCの動作イメージ
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1、在線検知
軌道回路を用いて先行列車の在線を検知し、ATC地上装置がその情報を受信します。軌道回路には無絶縁軌道回路を採用しており、レールの継目を廃することで乗り心地の向上と省メンテナンスを実現しています。なお、現行ATSの在線検知は商用電源を用いていますが、ATCではATC信号で兼用しています。

2、前方の開通情報を送信
ATC地上装置は在線検知情報をもとに後方の軌道回路に前方の開通情報(開通している軌道回路名)をATC情報として作成し、後方の軌道回路に送信します。

3、後続列車が開通情報を受信し、車上データベースをもとにブレーキパターンを作成
後続列車は軌道回路から前方の開通情報を受信します。車上装置は受信したデータと車上データベースのデータをもとにブレーキパターン演算・作成し、それに沿うようにブレーキ制御を行います。

車上データベースを採用したことにより、列車の間隔制御では地上側は開通軌道回路の情報のみをATC信号として送信するだけで済み、装置の簡素化が可能となっています。同様に、駅構内の分岐器(ポイント)に対する速度制限についても車上側があらかじめ線路配線や分岐器の速度制限の情報を持っているため、開通軌道回路情報のみでブレーキパターンを作成することが可能となっています。なお、待避線に入る場合や行き止まりなど絶対に行き過ぎが許されない個所ではブレーキパターンを2段に分割し(過走防護パターン)、1段目のパターン(超過時常用ブレーキ)で25km/hまで減速し、2段目のブレーキパターン(超過時非常ブレーキ)で完全に停止するという余裕を持たせた制御を行っています。

過走防護パターンのイメージ
過走防護パターンのイメージ
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一方、曲線・勾配の速度制限については地上からは一切情報は送信されず、車両の現在位置と車上データベースの情報のみからブレーキパターンを作成します。これにより、軌道回路境界の位置に関係なく減速開始地点を設定できるほか、車両性能に合わせた最適なブレーキ制御を行うことが可能です。なお、ブレーキパターンの作成に必要な現在位置の把握には車輪に取り付けられている速度発電機の回転数をもとに行っていますが、これは空転・滑走により誤差が生じるため、軌道回路境界を通過するごとに誤差をリセットしています。また、速度発電機は5km/h以下では精度が落ちるため、特に停止位置に正確さが要求される個所ではATSで使用していた変周式地上子を併用することとしています。

京王ATC作動中の運転台。左のモニタは列車種別、ATCの動作状況、停車駅接近時の表示を行う。 ブレーキパターン発生中の速度計。
左:京王ATC作動中の運転台。左のモニタは列車種別、ATCの動作状況、停車駅接近時の表示を行う。
右:ブレーキパターン発生中の速度計。

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運転台では速度計の周囲に5km/h刻みで現在のATC指示速度が表示されます(ランプの色は0km/hのみ赤、他は緑)。ブレーキパターンによりATC指示速度が低下する場合は現在の速度から低下する速度までのランプが全て点灯し、運転士にブレーキ操作を促します。

4、駅停車時のブレーキ制御

駅停車時のブレーキ制御は現在ATSとは独立したTNSにより行っていますが、ATCへの移行後はATCに統合されることになっています。ATCでの駅停車制御は地上側から列車種別の情報を送信し、車上データベースに記憶されている停車駅に近づくと自動的に停止位置を基準に5km/hまでのブレーキパターンを作成してブレーキ制御を行います。このブレーキパターンは両数ごとに異なる停止位置にも対応しています。これにより突発的な臨時停車にも対応できるようになります。また、TNSは不要となるためATCへの切り替え完了時に廃止される予定となっています。

4、駅・踏切の非常ボタンに対する動作

京王ATCは駅の非常ボタンや踏切の障害検知装置とも連動しています。これらの装置が異常を検知した場合は近傍の軌道回路を進入禁止とし、車上装置は該当する軌道回路の入口までに停止できるようブレーキパターンを作成します。既に進入禁止の区間に入っている場合は直ちに非常ブレーキを動作させて停止します。(ただし、異常発生個所にあまりにも近い場合は停止が間に合わない場合もある。)

5、臨時速度制限・降雪への対応

京王ATCは悪天候や線路内で工事が行われる場合に特別に設定される速度制限にも対応しています。制限速度は4段階あり、指令所から任意の区間に設定できます。臨時速度制限の情報は軌道回路を通じて車上に送信され、該当する区間の手前で減速を完了します。
また、京王線は東京西部の山間部も走ることから冬場は平野部よりも降雪が多くなっています。降雪により規定の減速性能が得られず停止位置を行きすぎる恐れがある場合、指令所からの設定により任意の区間に通常よりも減速度を低減したブレーキパターンを作成するよう指示することが可能となっています。

6、配線変更への対応

現在京王電鉄では調布駅の地下化工事が進められています。このような配線変更では工事の進捗に応じて地上装置と車上データベースのデータを更新する必要があります。しかし、全編成のデータを一度に切り替えることは時間やコスト面から不可能です。このため、地上装置では最大2個、車上データベースでは最大6個のデータを同時に記録することが可能となっており、地上のATC信号に含まれているバージョン情報に応じて使用するデータを切り替えることにより、スムーズにシステムの更新ができるようになっています。

ここまでが京王ATCの具体的なシステムの解説となりますが、文章だけでは理解しづらいため今回は実際の動作の様子を動画で撮影しました。撮影したのは京王相模原線急行調布→京王稲田堤のATC動作の様子です。(運転台背後から窓越しに撮影)

京王ATC動作の様子(YouTube) 音量注意!

前半は京王線から分岐する急カーブを走行するため制限速度は40km/hとなります。その後、速度を70~80km/hに上げて京王多摩川駅を通過し、2:42からは京王稲田堤駅に停車するためブレーキパターンが発生し減速します。停止位置の行きすぎを警戒してか、ブレーキパターンはかなり緩め(ホーム進入は50km/h前後)となっており、ATSと比べてやや時間がかかっている印象がありました。このあたりはまだ改良の余地があるといえそうです。

今後の整備予定

ATCの使用開始により消灯した信号機。足元にはATCの軌道回路境界標識(9と書かれた標識)が追加されている。
ATCの使用開始により消灯した信号機。足元にはATCの軌道回路境界標識(9と書かれた標識)が追加されている。京王相模原線京王永山駅。
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この京王ATCは全部で5つの工区に分けて整備が進められています。

第1工区:相模原線(調布~橋本)
第2工区:京王線(府中~京王八王子)、高尾線(北野~高尾山口)、動物園線(高幡不動~多摩動物公園)
第3工区:京王線(八幡山~分倍河原)、競馬場線(東府中~府中競馬場正門前)
第4工区:京王線(新宿~八幡山)、京王新線(新線新宿~笹塚)
第5工区:井の頭線(渋谷~吉祥寺)


また、車両側は井の頭線3000系と京王線6000系を除く京王電鉄の全車両(全118編成)と相互乗り入れを行っている都営新宿線の10-300形全車にATCの搭載改造が行われました。(一部は新製時から搭載)そして相模原線では2010(平成22)年3月26日より先行してATCの使用を開始しました。京王線については当初2011(平成23)年春の使用開始が予定されており、既に試運転も完了していましたが、3月11日に発生した東日本大震災(東北地方太平洋沖地震)の影響により延期が続いています。現時点では使用開始時期は未定となっているようですが、京王線の線路上から信号機が姿を消す日が近いのは間違いありません。

▼参考
運転保安設備|京王グループ
池谷,渡辺,吉村,畑,西園,柴田 - 最近のATC~京王線のATC - 鉄道車両と技術 2008年12月号
細谷,吉村,渡邉 - 京王・井の頭線ATCシステムの相模原線における使用開始 - JREA 2010年10月号
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