京急大師線大師橋駅地下化工事とその他区間の現状(2023年3月19日取材)

大師橋駅から地上の東門前駅へ向かう京急川崎行き新1000形電車

コロナ禍で調査が止まってしまっていた案件の2つ目です。
2019年3月に京急大師線大師橋駅(旧称:産業道路駅)が地下化されました。2019年2月に地下化直前の現地の様子をレポートしましたが、その後は諸事情により新規の記事を作成できておりませんでした。地下化から4年が経過していることから、先月現地を再調査してまいりましたので、今回は2019年3月の地下化直後の調査内容と合わせた工事の最新状況、延期が続いている東門前駅以西の地下化計画の現在についてレポートします。

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京急大師線地下化工事(2019年2月26日取材)(2019年3月3日作成)

京急大師線地下化計画の変遷

川崎大師駅前にある京浜急行電鉄発祥の地の記念碑と京急線キャラクター「けいきゅん」の石像
川崎大師駅前にある京浜急行電鉄発祥の地の記念碑と京急線キャラクター「けいきゅん」の石像

 京急大師線は、川崎市の中心に位置する京急川崎駅と臨海部の工業地帯にある小島新田駅を結ぶ全長約4.5kmの私鉄路線です。当路線はその名の通り、川崎大師への参拝客を輸送する目的で現在の京浜急行電鉄の前身である大師電気鉄道が1899(明治32)年1月に開通させたもので、京急電鉄はここから順次路線を延伸していったことから、京浜急行電鉄発祥の地として川崎大師駅前に石碑が設置されています。

京急大師線地下化前後のルート比較。京急川崎~川崎大師間の第2期区間は建設中の川崎縦貫道路地下へ移設する計画だった。
京急大師線地下化前後のルート比較。京急川崎~川崎大師間の第2期区間は建設中の川崎縦貫道路地下へ移設する計画だった。
※国土地理院Webサイト「地理院地図Vector(試験公開)」で公開されている「空中写真」に加筆。


 京急大師線には、終点付近で交差する産業道路(神奈川県道6号東京大師横浜線)をはじめとする15箇所の踏切が存在し、交通渋滞や地域の分断といった問題が生じています。そこで川崎市は、小島新田駅を除く京急大師線のほぼ全線を地下化することとし、1993(平成5)年に都市計画決定が行われました。地下化工事は現在線直下への移設となる川崎大師~小島新田間を「第1期区間」、南側に建設中の川崎縦貫道路への移設となる京急川崎~川崎大師間を「第2期区間」として進めることとされました。第1期区間にある産業道路の踏切は特に交通量が多く、早急な地下化が求められていたことから、2006(平成18)年よりこの踏切を含む980mの地下化を「段階的整備区間」として先行着手しました。

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2019年の産業道路踏切地下化時の様子

地下化直後に大師線を走る新1000形電車に掲出された記念ヘッドマーク
地下化直後に大師線を走る新1000形電車に掲出された記念ヘッドマーク

 産業道路付近の段階的整備区間の地下化は当初2014(平成26)年度の完成が予定されていましたが、用地買収の難航により着工が大幅に遅れたことから5年間延期されました。地下線への切替工事は2019(平成31)年3月2日(土)終電後~3日(日)午前10時頃にかけて実施され、3日の朝は大師線が全線で運休、バス代行輸送となりました。この地下化により産業道路駅(後述する通り現在は大師橋駅に改称)が地下駅に変わりました。

東門前駅先の踏切の地下化切替前 東門前駅先の踏切の地下化切替後
東門前駅先の踏切の地下化切替前(左)と切替後(右)の線路比較。2段になっていたまくらぎの上段の木片を撤去して線路の高さを下げた。
東門前駅先の踏切の地下化切替前(上)と切替後(下)の線路比較。2段になっていたまくらぎの上段の木片を撤去して線路の高さを下げた。

 地下線に降りるスロープは東門前駅のホームの先にある踏切から始まります。スロープの起点は踏切に重なっていたため、踏切の路面は事前に容易に取り外し可能なゴム板に変更、前後の線路はまくらぎを2段に敷設して起き、切替当日は上段の木片を取り去ることで地下線へ接続する下り勾配を作り出しました。

東門前駅先の踏切から地下線へ向かうスロープを見る 同じ場所をズーム。地下線から出てきた上り列車の上に地上時代の線路が見える。
左:東門前駅先の踏切から地下線へ向かうスロープを見る
右:同じ場所をズーム。地下線から出てきた上り列車の上に地上時代の線路が見える。
上:東門前駅先の踏切から地下線へ向かうスロープを見る
下:同じ場所をズーム。地下線から出てきた上り列車の上に地上時代の線路が見える。

 東門前駅の踏切の先は線路が徐々に地下へ潜っていく部分になります。この部分は線路横に十分土地が確保できている部分とできていない部分があったため、前者では地上を走行していた線路桁を降下させて地下線に接続、後者については線路桁を直接クレーンで取り外しました。写真は切替直後の様子で、線路両側には桁を降下する際使用した青色のジャッキが並んでいます。

東門前側は将来地下区間を延長する計画があるため、線路の高さを変えられるよう桁構造になっている。 上り列車の前面展望。将来地下区間が延長された際蓋ができるよう側壁にも段差が付いている。
左:東門前側は将来地下区間を延長する計画があるため、線路の高さを変えられるよう桁構造になっている。
右:上り列車の前面展望。将来地下区間が延長された際蓋ができるよう側壁にも段差が付いている。
上:東門前側は将来地下区間を延長する計画があるため、線路の高さを変えられるよう桁構造になっている。
下:上り列車の前面展望。将来地下区間が延長された際蓋ができるよう側壁にも段差が付いている。

 東門前駅側は後述する通り将来川崎大師駅の先までトンネルが延長される計画となっています。そのため、トンネル側壁と床は東門前駅直前まで完成させており、今回の地下化の際は天井を設置せず、代わりに地上の東門前駅へ接続する線路桁を敷設しています。
 写真は産業道路駅のホーム端と上り列車から見た東門前駅方向で、途中から線路の構造が変わっていることがわかります。この部分は将来地下線が延長された際トンネル内になる部分で、線路の高さを変えたり撤去するのが可能な構造になっています。また、側壁の途中にも段差が付いており、地下線延長後は天井板を設置することを考慮しているようです。

地下化された産業道路駅のホーム。地上時代と同じく対向式ホーム2面2線。
階段とエスカレーター 階段の地上側は駅舎が未完成のため仮設通路 線路の上は地上まで吹き抜けになっている部分がある ホーム壁の駅名板。翌年には大師橋に改称されたため、産業道路の駅名板は1年ほどしか見られなかった。
上段:地下化された産業道路駅のホーム。地上時代と同じく対向式ホーム2面2線。
下段左から順に
①階段とエスカレーター
②階段の地上側は駅舎が未完成のため仮設通路
③線路の上は地上まで吹き抜けになっている部分がある
④ホーム壁の駅名板。翌年には大師橋に改称されたため、産業道路の駅名板は1年ほどしか見られなかった。
上から順に
①地下化された産業道路駅のホーム。地上時代と同じく対向式ホーム2面2線。
②階段の地上側は駅舎が未完成のため仮設通路
③階段とエスカレーター
④線路の上は地上まで吹き抜けになっている部分がある
⑤ホーム壁の駅名板。翌年には大師橋に改称されたため、産業道路の駅名板は1年ほどしか見られなかった。

 産業道路駅のホームは地上時代と同じ対向式ホーム2面2線となっています。各ホームとも階段は2箇所、エスカレーターとエレベーターは1機ずつ設置されています。駅舎は産業道路に面した小島新田駅寄りに改札口が設けられる計画であるため、階段は全て小島新田駅方向へ登るように配置されています。ホーム上にはガラスで仕切られた待合室も設置されています。

ホーム両端には将来の延伸用スペースがある
ホーム両端には将来の延伸用スペースがある

 ホームの両端は床面に塩ビパイプの柱が並んだ空間が1両分ずつあり、将来の6両編成への増結を考慮した設計になっています。後述する通り、京急大師線は全線地下化後に川崎縦貫高速鉄道と直通運転を行う構想があったため、それに対応したものと考えられます。しかし、川崎縦貫高速鉄道や第2期区間地下化は中止となったため、この構造が活かされる日が来ることはなさそうです。

産業道路の踏切は地下化後直ちに警報機や遮断機が撤去された
産業道路の踏切は地下化後直ちに警報機や遮断機が撤去された

 地上の産業道路の踏切では、大師線の地下線への切替後ドライバーが誤認しないよう直ちに警報機や遮断機が撤去されました。また、大型トラックやトレーラーも多く通過することから切替1週間後には架線についても取り外されました。

産業道路の先にある地下線の出口。地上線の線路桁をジャッキアップして固定し、後日撤去した。 小島新田駅手前の線路沿いには撤去した線路桁が積まれていた。
左:産業道路の先にある地下線の出口。地上線の線路桁をジャッキアップして固定し、後日撤去した。
右:小島新田駅手前の線路沿いには撤去した線路桁が積まれていた。
上:産業道路の先にある地下線の出口。地上線の線路桁をジャッキアップして固定し、後日撤去した。
下:小島新田駅手前の線路沿いには撤去した線路桁が積まれていた。

 産業道路の踏切を過ぎて線路がカーブすると、小島新田駅へ向けて線路が地上へ登ってきます。この部分も線路ギリギリまで住宅が近接している部分があったため、事前に線路を囲むように鉄製の枠を設置しておき、地下線切替当日に線路桁をジャッキアップして門型の枠に固定する方法が採用されました。これは東急建設が開発した直接地下切替工法“STRUM”Shifting Track Right Under Method)と呼ばれるもので、当サイトでも以前レポートした京王線調布駅地下化(2012年)や東急東横線と東京メトロ副都心線の直通に向けた代官山駅での線路地下化(2013年)など多数実績があります。
 そこから先小島新田駅までは線路横に道路があったため、クレーンで直接線路桁を取り外しています。切替からしばらくの間は写真のように線路脇に外した桁が積まれていました。



4年が経過し大師橋駅駅舎の工事がようやく始まる

産業道路改め大師橋駅の駅名標。下段に旧駅名が併記されている。
産業道路改め大師橋駅の駅名標。下段に旧駅名が併記されている。

 地下化完了から約1年が経過した2020(令和2)年3月14日には、京浜急行電鉄が創立120周年を迎えたこと記念し、京急線6駅※1の駅名が一斉に改称されました。このうち4駅の新駅名は事前に沿線の小中学生を対象に公募が実施されたもので、産業道路駅は大師橋駅に改称されました。これは地下化により産業道路の踏切が廃止され、駅を象徴する施設ではなくなったことも理由の一つとなっています。

▼脚注
※1:一般公募により改称されたのは以下の4駅。
花月園前→花月総持寺
仲木戸→京急東神奈川
新逗子→逗子・葉山
産業道路→大師橋

鉄道用設備の撤去が完了した産業道路の踏切跡。路面も完全に平滑化されている。
鉄道用設備の撤去が完了した産業道路の踏切跡。路面も完全に平滑化されている。

 2019年以降は使用を終了した地上の線路設備の撤去が進められました。産業道路の踏切は夜間に車線規制をしながら路面に残ったレールや踏板を撤去し、他の部分と同じアスファルト舗装に改良されました。
 廃止された踏切の跡は路面の整形が不十分でレールがあった部分が盛り上がっていたりするのが常ですが、ここは交通量が非常に多いこともあり、振動が発生しないよう完全に平らに均されています。これにより、単に通り過ぎるだけでは踏切があったことはわからないような状態になっています。

東門前駅前の踏切から大師橋駅方向を見る。手前には防水扉も設置された。 東門前~大師橋間の踏切跡に新設された跨線橋
左:東門前駅前の踏切から大師橋駅方向を見る。手前には防水扉も設置された。
右:東門前~大師橋間の踏切跡に新設された跨線橋
上:東門前駅前の踏切から大師橋駅方向を見る。手前には防水扉も設置された。
下:東門前~大師橋間の踏切跡に新設された跨線橋

 産業道路の踏切以外の施設の撤去も2021年には概ね完了し、大師橋駅両側のスロープ部分では防音壁の取り付けも完了しました。この区間は海が近く標高が低いため、大地震の際の津波や集中豪雨によりトンネルが水没する危険性もあることから、東門前駅・小島新田駅の両駅直前には防水扉も新設されました。防水扉は多摩川を挟んで反対側にある空港線大鳥居駅前後でも設置が進められています。
 また、東門前~大師橋間にあった東門前第2踏切は、線路が地下に潜っていく途中にあるため、道路が分断されることになりました。この踏切は南側にある小学校の通学路にもなっていたため、代替となる跨線橋が建設され、2019年9月2日より使用開始となりました。将来川崎大師駅先まで地下化されるとこの跨線橋は不要となるため、歩行者専用となっておりエレベーターなどは設置されていません。

大師橋駅地上の線路跡ではようやく駅舎の工事が始まった
大師橋駅地上の線路跡ではようやく駅舎の工事が始まった

 一方大師橋駅は地上のホームの撤去が完了したものの、駅舎本体の工事はなかなか着手されない状態が続いてきました。これは昨今の建設業界の資材費・人件費の大幅な高騰や、資材不足が理由とされています。2022年秋頃からはようやく基礎部分の工事が始まりました。完成は今年度末の予定となっており、これをもって段階的整備区間の工事はようやく完了となります。

建設費高騰で川崎大師駅までの地下化着手が困難に

川崎競馬場北側では川崎縦貫道路1期区間の用地取得が進む。京急大師線のトンネルはこの下に高速道路と一体で建設する計画だった。
川崎競馬場北側では川崎縦貫道路1期区間の用地取得が進む。京急大師線のトンネルはこの下に高速道路と一体で建設する計画だった。

 冒頭でも説明した通り地下化第2期区間である京急川崎~川崎大師間は、現在京急大師線南側に並行して建設中の川崎縦貫道路地下へ移設する計画となっていました。川崎縦貫道路は、地上の一般道路に加えて高速道路(首都高速神奈川6号川崎線)が高架・地下で併設される計画となっており、現在は大師橋駅近くにある大師ジャンクションまで開通しています。高速道路はさらに西へ延長されることになっており、最終的に現在建設中の東京外環自動車道の東名ジャンクションへ接続する構想もあります。京急大師線地下化第2期区間のトンネルは、この高速道路と一体的に建設することが考えられていました。
  また、京急川崎~港町間は川崎縦貫道路から外れて川崎駅前の繁華街の下を通るルートとなっています。周辺には富士通スタジアム川崎やカルッツかわさきなどの集客施設もあることから、途中には新駅「宮前」(仮称)を設ける計画とされていました。さらに、京急川崎駅のホームは現在の駅と直交するように設置されることになっていました。これは川崎駅から市内中心部を横断して小田急線新百合ヶ丘駅を結ぶ計画だった「川崎縦貫高速鉄道」と相互直通運転を実施する構想があったためです。しかし、川崎市は慢性的な財政難に陥っており、莫大なコストを要する鉄道新線建設を行うのは不可能となっています。そのため、2013(平成25)年には川崎縦貫高速鉄道に関係する予算執行が停止、2018(平成30)年の総合都市交通計画見直しにより正式に計画が廃止されました。
 一方、京急大師線の移設先となる川崎縦貫道路についても、地上の一般道路部分の整備がようやく進み始めた段階であり、地下の高速道路や京急大師線のトンネル建設には当面着手できる見込みがありません。このように川崎大師駅以西の地下化は実現の目途が全く立たないことから、2017(平成29)年に第2期区間の地下化を中止することが決定しました。

京急川崎~港町間にある通称本町踏切。地下化2期区間の中止により、この踏切は単独での立体化が必要となっている。
京急川崎~港町間にある通称本町踏切。地下化2期区間の中止により、この踏切は単独での立体化が必要となっている。

 現在地下化されていない京急川崎~東門前間には10箇所の踏切があり、そのうち4箇所は自動車ボトルネック踏切・歩行者ボトルネック踏切※2となっていました。第2期区間の地下化中止により、京急川崎~港町間にある川崎(大師線)第2号踏切(通称「本町踏切」)が残ることになったため、代わりの対策について検討が行われました。その結果、踏切前後を含む約600mの線路を地下化するのがコストや沿線への公害対策の面で有利であると判断されました。
 前述の通り川崎縦貫道路は今後さらに西へ延長する構想があるため、本町踏切の地下化はその支障とならないよう調整が必要となります。また、現在は次に説明する第1期区間の事業が優先されている状況であるため、本町踏切の地下化は第1期区間の完成後に着手する方針となっています。

▼脚注
※2:「自動車ボトルネック踏切」は1日の自動車交通遮断量が5万台以上となる踏切、「歩行者ボトルネック踏切」は1日の自動車・自転車・歩行者の合計交通遮断量が5万台(人)以上かつ自転車・歩行者の交通遮断量が2万台(人)以上となる踏切。

川崎大師駅付近では整備中の川崎縦貫道路と交差しており、駅北側には広大な空き地が広がる。この道路予定地を活用して京急大師線を一時仮線に移設し、トンネル工事に要するコストを圧縮することになった。
川崎大師駅付近では整備中の川崎縦貫道路と交差しており、駅北側には広大な空き地が広がる。この道路予定地を活用して京急大師線を一時仮線に移設し、トンネル工事に要するコストを圧縮することになった。

 次に第1期区間の未着工部分についてです。川崎大師駅の西側は第2期区間の計画中止に伴い、地下線と地上にある鈴木町駅を接続するスロープ(冒頭の航空写真で緑色に着色した部分)※3を新設する必要があります。この部分はもともと川崎縦貫道路の下へ向けて第2期区間が建設される計画だったため、都市計画決定がされておらず用地買収も行われていませんでした。
 このスロープ部分については、産業道路付近の地下化時と同様に現在線の直下にトンネルを掘削すると、小島新田駅手前のように線路桁をジャッキで持ち上げるといった特殊な工法が必要となり、コストが高額になることが判明しています。そのため、整備中の川崎縦貫道路予定地を一部利用して現在線を一時迂回させ、一般的な線路移設と同様の方法を採用する計画となっています。

▼脚注
※3:川崎市や国土交通省の資料では「すり付け区間」と表現されている。

川崎大師駅付近の地下化計画の現行案と変更案。変更案はいずれも踏切が残るなど問題が多く不採用となった。
川崎大師駅付近の地下化計画の現行案と変更案。変更案はいずれも踏切が残るなど問題が多く不採用となった。

 産業道路付近の地下化は、前述の通りまもなく全ての工事が完成します。今回地下化された区間はわずか1km弱しかなく、当初は約337億円の事業費で完成できると見込まれていました。しかし、工事中に判明した軟弱地盤への対策に加えて、東京オリンピック・パラリンピックなどの大型イベント開催、大規模再開発の相次ぐ着手により建設資材・人件費が大幅に高騰しています。そのため、この区間の事業費は当初想定の2倍以上となる約701億円へ膨れ上がる見通しとなっています。
 これに加えて、2020年春以降到来した新型コロナウイルス流行による財政や交通需要の急変を受け、川崎市全体の公共事業見直しが不可避となっています。そのため、同年予定されていた川崎大師駅までの地下化着手はやむを得ず見送られ、コスト削減の可能性について検討が行われることになりました。
 検討では現行計画の川崎大師駅までの連続した地下化に加えて、地下化区間の短縮やトンネル掘削工法の変更、さらには高架化への変更などあらゆる可能性について試算が行われました。しかし、いずれも大幅なコスト低減は難しいことに加え、踏切が複数残るもしくは単に通行止めになってしまうなど沿線への影響も大きいことから、現行計画が最良であるという判断に至りました。
 2021年11月に公表された第1期未着工区間の採算性に関する検討結果では、建設コストの大幅な高騰により費用便益比※4が0.93まで低下し、事業継続が危ぶまれる事態となりました。その後最新の物価動向を反映して再計算が行われ、同数値が辛うじて1を上回ることが確認されました。しかしながら、2022年以降もロシアによるウクライナ侵攻といった世界情勢の急激な変化により物価は上昇し続けており、着工の目途は全く立たない状況となっています。

▼脚注
※4:事業により発生する社会的な効果を事業費で割ったもの。B(Benefit)/C(Cost)比とも呼ばれる。1を下回ると事実上赤字となり、採算性のない事業となる。

南武線の高架化も計画見直し中

 このように、京急大師線の地下化工事は大師橋駅付近でようやく完成の目途が立ったものの、それ以外の区間については計画縮小や変更が繰り返されるなど「迷走」が続いています。第1期未着工区間は現時点で2034(令和16)年の事業完成が予定されていますが、さらなる工期の延長や、最悪の場合計画中止となる恐れも出てきています。
 川崎市では京急大師線に加えてJR南武線(矢向~武蔵小杉間)の高架化も計画されていましたが、こちらについても社会情勢変化を受けて2021年度に予定されていた事業着手が見送られ、コストダウンのための計画変更を進めています。少子高齢化で交通需要の減少も見込まれる中で、今後このような鉄道の連続立体交差事業についても計画縮小や中止になる事例が出てくるかもしれません。

▼参考
川崎市:京浜急行大師線連続立体交差事業
川崎市:川崎縦貫道路
川崎市:令和4年度 公共事業評価審査委員会開催概要
→第2回公共事業評価審査委員会(令和4年11月22日)に京急大師線地下化に関する検討資料
2020年3月に4駅の駅名を変更します | ニュースリリース | 京浜急行電鉄(KEIKYU)

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