仙石線で導入される新しい信号システム「ATACS」

ATACS車上装置のIDが掲出された仙石線205系3100番台。高城町にて

来年春、JR東日本の仙石線で新しい信号システム「ATACS」が導入されます。今回はJR東日本が発表している技術論文と7月24日に現地で調査した内容を元にこのATACSについて解説したいと思います。

現在の信号システムの問題点

現在の信号システムの構成
現在の信号システムの構成

 現在の鉄道の信号システムは線路を軌道回路により「閉塞(へいそく)」と呼ばれる区間に区切り、各区間に1列車しか入れず、かつ先行列車に近づくほど制限速度を低くすることで列車同士の間隔を安全に保っています。これはイギリスで鉄道が開発されて以来100年以上にわたり維持されてきた方法で、これまで種々の改良がなされ十分な信頼性を確立しています。しかし、この方式には以下のような欠点もあります。

●列車の運行が地上設備に縛られる
 列車の運行間隔は地上の閉塞割りによって決まってしまうため、利用者の増加などにより元の設計以上の本数の列車を走らせたい場合、信号機などの地上設備を新設・移設する必要があります。また、複線以上の区間では原則として各線路の走行方向が一定であることを前提に地上設備が構成されており、この原則に従わない列車(保守用車両など)をシステムに取り込めないという安全上の問題もありました。<

●地上設備が重厚
 各信号機や転轍機(ポイント)と駅付近に設置されている信号機器室は、各機器ごとに独立したメタルケーブル(最近は光ケーブル化も行われている)で接続されており、メンテナンスが非常に煩雑になっています。また、前述のように信号設備を増設したい場合ケーブルの多さから工事の手間やコストが膨大なものとなり、簡単に工事に取り掛かれないという状態になっています。

●踏切の遮断時間の増大
 現在の踏切は警報・遮断の開始地点が最速の列車を基準に決められており、例えば駅のホームの直後に踏切がある場合、列車がホームに停車している間ずっと踏切が閉まっているなど不必要な交通遮断を行っており渋滞の原因になっています。この解消には列車選別装置の導入や踏切の立体交差化が有効ですが、前者はJRに存在する多種多様な速度の列車全てに対応させるのは困難、後者は莫大なコストがかかるため交通量が極端に多い踏切や大都市圏以外ではやりづらいという問題があります。

これらの問題を解決するべく最新の無線通信技術を活用して開発されたのが以下で解説する「ATACS(Advanced Train Administration and Communications System)」です。

ATACSの仕組み

ATACSのシステム構成
ATACSのシステム構成

 ATACSでは軌道回路や信号機は設置されておらず、代わりに列車に「車上装置」、地上側に「拠点装置」と呼ばれるコンピュータを置き、双方をデジタル無線により接続しています。また、拠点装置は転轍機、踏切、駅の各設備などとLANにより接続されており、列車の走行に応じてこの装置が各機器に動作の指令を出しています。ATACSのシステムの概要は以下の通りです。

●列車の追跡と速度制御
ATACSによる列車の間隔制御
ATACSによる列車の間隔制御

 車上装置、拠点装置はともに線路の配線のデータを記録した線路データベースを持っています。車上装置は線路上に設置された地上子と車輪の回転数※1を元に今自分がどこにいるのかを把握し、車両のIDと一緒に無線で拠点装置に送信します。拠点装置は無線で得た走行中の列車の位置と線路データベース上の障害物(線路終端、災害・工事などによる速度規制、駅の非常停止ボタンの動作※2、ATACSとATS/Cの境界など)を勘案し、各列車の停止限界(進んで良い距離)を計算して送り返します。これを受信した車上装置は停止限界と勾配・曲線などに合わせたブレーキパターンを作成し、各地点で確実に減速・停止できるようブレーキ制御を行います。
 なお、ATACSではあたかも従来の信号システムにおける閉塞が、列車の走行にあわせて時々刻々と移動しているかのような制御を行うことから「移動閉塞」とも呼ばれています。

▼脚注
※1:初期位置は車両基地の出口にある地上子で確定し、以後は車両の速度発電機の回転数から進んだ距離を算出する。ただし、速度発電機は車輪の空転・滑走により誤差が出るため、一定距離ごとに地上子を置いて誤差をリセットしている。
※2:すでにブレーキパターンを超えている場合、非常ブレーキで直ちに停車する。(ただし、駅構内にすでに進入している場合などは現行と同じく停車が間に合わない場合がある。)



●単線並列、保守作業などに対応可能
 ATACSでは列車の走行を線路データベースというソフトウエアで管理していることから、単線並列など列車の走行方向の変化にも容易に対応できます。これにより複線以上の区間では事故などで1本の線路がふさがっても残っている線路で運行を継続することが可能となったり、同じ区間を何度も行ったりきたりする保守作業をATACSのシステムに取り込むことが可能となりました。

●踏切との連携
ATACSによる踏切の制御
ATACSによる踏切の制御

 従来、踏切の警報・遮断は各踏切に設置された軌道回路により独立して制御を行っていましたが、ATACSではこれもシステムも中に組み込まれています。ATACSにおける踏切の制御は車上装置が踏切までの距離を常に計算し、踏切までの到達時間が一定以下になったとき拠点装置に対して踏切の警報・遮断開始を要求します。踏切の遮断が終了するまで車上装置は踏切手前に停止するブレーキパターンを作成し、万一故障や自動車が取り残された場合など踏切の遮断が完了しない場合に安全に停止できるよう制御を行います。遮断が完了すると拠点装置は車上装置にその情報を送信し、列車の最後尾が通過すると踏切に対して遮断の終了を指示します。これにより踏切の遮断時間は列車の速度にかかわらず常に最小限となり、交通渋滞の増大を防止できます。

●拠点装置の切替
 拠点装置は安定した通信ができるよう3kmごとに置かれています。列車の走行に応じて拠点装置との接続を順次切り替えていく※3必要がありますが、度々切替が失敗して非常ブレーキが動作してしまっては列車の安定した運行が維持できません。そこでATACSでは予め次に切り替わる拠点装置内に通信領域(スロット)を確保しておき、拠点装置同士の境界をスムーズに通過できるようにしています。

▼脚注
※3:これを「ハンドオーバー制御」という。


●ATACSとATS/Cの切替
 ATACSと従来の信号システム(ATS・ATC)の境界では予め指定された「切替ブロック」と呼ばれる区間の中で自動的にシステムの切替行われます。ATS/CからATACSに切り替える場合は切替区間の入口に設けられた地上子により初期位置を確定し、車上-拠点間の通信を開始します。一方、ATACSからATS/Cに切り替える場合は切替区間内でATS/Cを起動し一定時間経過後無線の送信を停止します。なお、ATACS未搭載車両がATACSの区間に進入した場合全ての制御が機能しないため極めて危険な状態となります。そのため、このような事態が発生した場合は拠点装置が周辺の列車に緊急停止を指示するほか、誤進入したATACS未搭載車両にもATS/Cにより緊急停止を指示することとしています。
 実際のシステムでは車上装置~拠点装置間の通信を約1秒周期で繰り返しており、拠点装置1基地局あたり12列車(上下あわせて)できるため、将来大都市圏の過密ダイヤへ適用することも十分可能となっています。

仙石線の準備状況




 このATACSは冒頭で述べたとおり2011年春から仙石線あおば通~東塩釜間(ATACS制御区間:約18.1km)で実用化されることが決定しています。
 導入路線として仙石線が選ばれたのはは地下区間から山地、海岸、急カーブなど様々な自然環境が再現できること、最小運転間隔が5分と首都圏に近い高密度運転が行われていること、現在多賀城駅付近で線路の高架化工事が行われておりこれに伴う運用中のシステム切替がテストできることなどが主な理由です。1995(平成7)年には無線伝送などの基本的な機能の検証を行う第1期試験、2000(平成12)年には試作した装置を車両に搭載して実際にブレーキ動作を行う行う第2期試験、2003(平成15)年から2005(平成17)年にかけては実用化に向けた長期間のデータ収集を行う第3期(プロトタイプ)試験を行い、社内外の有識者により実用化が可能との評価を得ており、2009(平成21)年秋には仙石線の205系3100番台19編成と電気検測車E193系の車上装置搭載と地上装置の試験が完了しています。

クハ204形3100番台の後部屋根に新設されたアンテナ。 線路上の地上子と床下の車上子。
左:クハ204形3100番台の後部屋根に新設されたアンテナ。
右:線路上の地上子と床下の車上子。東塩釜にて。


 ATACS搭載に伴い、仙石線の205系では全ての先頭車のフロントガラス左下に車上装置のID番号が書かれた「ID○○」というステッカーが貼られました。(これがATACS関連で最も目立つ変化と思われる。)また、あおば通方の先頭車クハ205形3100番台の後部の屋根にはATACSのデータ受信用のアンテナが2本、両先頭車の床下には現在位置補正用の車上子がそれぞれ新設されており、線路側にもこれに対応して多数の地上子が新設されているのが確認できます。また、床下にはATACS関連の機器箱がいくつか新設されているのも確認できます。

石巻方の先頭車クハ204形3100番台の謎の車上子と地上子。
石巻方の先頭車クハ204形3100番台の謎の車上子と地上子。東塩釜にて。

 このほか、石巻方の先頭車クハ204形3100番台の後部床下にも車上子が新設されています。東塩釜駅や多賀城駅など連動駅(線路の分岐がある駅のこと)ではこの車上子に対応する位置に細長い地上子が設置されているのが確認できます。このような細長い地上子はTASC(定位置停止装置)が設置されている区間でよく見られるものですが、技術論文を見る限りこのATACSにTASCの機能はない模様で、どのような理由で設置された地上子なのかは現在わかっておりません。

<2014年11月17日追記>
この車上子と地上子は「列車ID車上子/地上子」というもので、無線機の故障が発生した際、ここをチェックポイントとすることで列車の位置を完全に見失ってしまうのを防止するためのものだそうです。

▼参考
無線による列車制御システムATACS使用開始1年を迎えて - 鉄道車両工業2012年10月号(PDF)

ATACSが搭載された仙石線205系の運転台
ATACSが搭載された仙石線205系の運転台。画面中央の一段高い位置に設置されたのがATACSモニタ。右端のモニタは停車駅誤通過防止装置。

 ATACS搭載に伴い、運転台ではパネルの右側にATACS用の動作表示灯とモニタが新設されているのが目立ちます。表示灯には従来から存在する車両の機器の動作やATS-Psに関連のもののほかに「ATACS常用」「後退検知※4」などATACS特有の機能に関連するものが見受けられます。

▼脚注
※4:ATACSでは列車が後退すると後続列車にとっては停止限界が近づくことになり危険であるため後退が禁止されている。(駅の停止位置修正は区間を限定して後退を認めている。)


ATACSの将来

東塩釜駅にあるATACS用と思われるアンテナ
東塩釜駅にあるATACS用と思われるアンテナ

 仙石線のATACSは2ステップに分けて導入することになっており、まず第1ステップとして2011年春に基本的な機能(列車間隔制御など)の使用を開始し、1年後の2012年春に応用機能(踏切制御など)を導入する計画となっています。
 このような無線による列車の運行制御はヨーロッパなどで試験的に導入されたことはありますが、常用するシステムとしては世界初のものとなります。今後、JR東日本では2018年までにATACSを埼京線に導入し、順次首都圏の各路線へ拡充していくことも検討している模様です。(参考資料(5)による)また、同時に無線による運行制御システム国際標準化(技術輸出)も目指しており、去る2010年6月にはUIC(国際鉄道連合)の関係者を招いた視察会を行うなど世界各国へのPRを積極的に行っています。
ますます過密度を増す首都圏の鉄道各線。その線路上から信号機の姿が消える日も近いのかもしれません。

▼参考
(1)無線による列車制御システム(ATACS) - JR EAST Technical Review-No.5(PDF/172KB)
(2)無線による列車制御システムATACSプロトタイプ試験結果 - JR EAST Technical Review-No.12(PDF/1.0MB)
(3)仙石線におけるATACSの実用化 - JR EAST Technical Review-No.28(PDF/1.6MB)
(4)無線による列車制御システム(ATACS)の実用化について - JR東日本(2009年4月7日)(PDF/518KB)
(5)鉄道におけるワイヤレスブロードバンド活用の今後の展望 - 総務省ワイヤレスブロードバンド実現のための周波数検討ワーキンググループ第2回会議資料 (PDF/1.4MB)

▼関連記事
JR東日本・仙台地区の車両(2010年8月19日作成)
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