開通前夜 - 総武・東京トンネル(1)

最終更新日:2020年5月2日

総武・東京トンネル~大深度地下鉄道のパイオニア~(クリックすると目次を表示します)
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 千葉に住んでいる私は東京へ出る際に必ずといってよいほど総武快速線を利用しています。この路線は錦糸町(正確には両国)駅から品川駅まで地下線になっていますが、鉄道構造物マニア(?)の私はここで当然のことながらこのトンネルの構造について調べたくなり、試しにネット上を検索してみました。ところが、その情報が全くといってよいほど無いのです。何しろ建設から40年近くたっているわけで、最近開業した路線のように電子媒体の情報はほぼ存在しないと考えてよく、ある意味当たり前です。それなら自分でゼロから調査してしまおう'と考えたのがこのレポートの発端です。本レポートはこのブログ初めての本格的な文献研究+現地調査として今日の大深度地下鉄道の礎をつくったこのトンネルの内部に迫っていこうと思います。

国会図書館へ

 ネット上で資料が見つからないとなると、残されるのは紙の文献である。最も手っ取り早いのは新線建設ではかならず発行される工事誌をあたることである。しかし、年代が古いだけに地元の図書館ではそれらしき資料は見つからなかった。そうなると、最後の手はこれである。日本の全出版物が収蔵されている国立国会図書館だ。2008年のゴールデンウィーク前半、私は東京・永田町へ向かった。そして館内のPCで検索すると・・・あった

「総武線線増工事誌:東京・津田沼間 日本国有鉄道東京第一工事局1973年」
「東海道線線増工事誌:東京・品川間 日本国有鉄道東京第一工事局1977年」


どちらも千ページを超える超大作である。しかも、前者に関しては「東京・津田沼間」というタイトルながら内容の約4分の3が私が求めていた東京~錦糸町間の地下区間に関する情報であった。よって、このレポートはこの工事誌2冊を主要な出典として話を進めていくこととしたい。



総武線の路線概況と複々線化以前の状況

千葉県市川市内の複々線区間を行く総武快速線E217系(右)と緩行線E231系(左)。 東京駅に停車中の成田エクスプレス。総武線は成田国際空港へのアクセスという重要な役割を担っている。
左(1):千葉県市川市内の複々線区間を行く総武快速線E217系(右)と緩行線E231系(左)。
右(2):東京駅に停車中の成田エクスプレス。総武線は成田国際空港へのアクセスという重要な役割を担っている。


 総武線」の名称は東京駅を起点に市川、船橋、千葉など東京湾岸の主要都市を経由して千葉駅に至り、そこから先は北に進路を変えて千葉県の太平洋沿岸を通って銚子駅に至る全長約145kmの在来線である。千葉駅からは内房線・外房線、佐倉駅からは成田線が分岐し、房総半島や成田国際空港など千葉県各方面へのアクセスを束ねる重要なルートとなっている。千葉駅以西の区間は特に利用者が多いことから、各駅停車と快速・特急列車の運転線路が分離された複々線区間となっており、各駅停車は最短2分間隔で運行される日本でも有数の過密ダイヤ路線となっている。

総武緩行線・快速線の列車本数・両数・混雑率推移
緩行線(錦糸町→両国)快速線(新小岩→錦糸町)
平均
本数
平均
両数
混雑率平均
本数
平均
両数
混雑率
1955186.9286未開業
19652410288
197520102311211280
198020102631413243
198522102701513267
199024102471713246
199626102331813219
199926102261913179
200026102151913178
200526102071913179
200926102031913177
201826101961913181
ちなみに、混雑率の数字と実際の乗車人数の関係は以下のとおりとなっている。
100%:定員乗車。座席につくか、吊り革につかまるか、ドア付近の柱につかまることができる。
150%:肩が触れ合う程度で、新聞は楽に読める。
180%:体が触れ合うが、新聞は読める。
200%:体が触れ合い、相当な圧迫感がある。しかし、週刊誌なら何とか読める。
250%:電車が揺れるたびに、体が斜めになって身動きできない。手も動かせない。


▼参考
鉄道輸送の現状(乗車人員・混雑率)/千葉県
※2008年以前のデータについては本記事作成後に削除されている。
混雑率-民鉄用語辞典-日本民営鉄道協会

 総武線千葉以西の区間が現在のように複々線になったのは1981(昭和56)年のことであり、それ以前は各駅停車・優等列車・貨物列車全てが同じ線路を共有する複線となっていた。
 総武線の線路容量不足は戦前から問題になっており、両国~新小岩間では旅客列車と貨物列車の分離を目的に1936(昭和11)年より用地買収が開始されたものの、戦局の悪化により頓挫している。昭和30年代に入り日本全体が高度経済成長に入ると、輸送力不足が深刻化してくる。国鉄では収容力や走行性能に優れた101系電車を初めとする新型車両を矢継ぎ早に投入し、朝ラッシュ時の運転間隔は高度なATSなどが無い当時としては限界となる2分30秒まで短縮された。しかし、これでも押し寄せる通勤客に対しては全く追いつかず、1965(昭和40)年の総武線の混雑率(平井→亀戸)は288%に達していた。

秋葉原駅総武線ホーム。真下にある山手線・京浜東北線ホームにはコンコースを経由せず階段で直結している。
秋葉原駅総武線ホーム。真下にある山手線・京浜東北線ホームにはコンコースを経由せず階段で直結している。

 この混雑が特に問題となったのが東京都心の鉄道と総武線の最初の接点である秋葉原駅である。1964年時点での秋葉原駅における朝ラッシュ1時間あたりの乗り換え人数は3万5千人に達しており、その約8割が東京・品川方面へ向かっていた。このため、総武線西行ホーム(5番線)と山手線外回り(3・4番線)を結ぶ階段の容量が不足し、次の列車の到着までに降車客が捌けないことから、秋葉原駅手前で列車の入線が止められることが常態化していた。総武線沿線での宅地開発はその後も続くと予想されており、10年後の1975年時点での混雑率は実に400%※1に達すると推測された。
 この「殺人ラッシュ」は当時の首都圏ではどこも当たり前となっており、快適性・安全性・経済損失等あらゆる面において問題となっていた。国鉄ではこの現状を受けて1965年度より第3時長期計画、通称「通勤五方面作戦」を制定し、首都圏から各方面へ延びる鉄道路線の抜本的な改良工事をスタートさせる。

▼脚注
※1:これは数値予測上の話であり、実際の乗車率は300%前後が物理的な限界となっている。


(1)東海道線
東京~大船間で横須賀線と線路の分離する。東京~品川間では平行して地下線を建設、品川~大船間では東京湾岸に建設する新線および武蔵野線等へ貨物列車を移転させ、新鶴見操車場を経由する貨物線(通称「品鶴線」)を横須賀線に転用する。

(2)中央線
中野~三鷹間を複々線化する。中野駅から都心側は並行して建設される営団地下鉄東西線と相互直通運転を実施し、バイパスルートを確保する。

(3)高崎・東北線
赤羽~大宮間を三複線化する。

(4)常磐線
綾瀬~取手間を複々線化する。綾瀬駅からは並行して建設される営団地下鉄千代田線と相互直通運転を実施し、バイパスルートを確保する。

(5)総武線
両国~千葉間を複々線化する。また、東京~両国間に地下線、西船橋駅からは並行して建設される営団地下鉄東西線と相互直通運転を実施し、混雑が激しい秋葉原駅に対するバイパスルートを確保する。

5路線を合わせた総事業費は5800億円(現在の貨幣価値に換算して2兆2千億円)にもなり、新幹線と並び国鉄の威信をかけた大プロジェクトとなった。この投資が成功していなければ、今日の首都圏における通勤輸送は民鉄各社を動員しても行き詰まり、深刻な社会問題となっていたに違いない。

総武線複々線化計画の詳細案

東京メトロ東西線車両
総武線の混雑緩和において快速線新設とともに有力視された東京メトロ東西線。開業後は東西線沿線でも宅地開発が急速に進み、地下駅大規模拡張やワイドドア車の大量投入などの対策が続いている。開業時から東西線の通勤輸送を支えてきた5000系(右端2本)は2007年をもって引退している。2007年1月、さようなら東西線5000系車両撮影会&工場見学会にて。

 総武線の複々線化計画については完成した現在の形に加えて、以下の複数の案が検討された。

(1)東西線大手町~西船橋間を建設し、総武線津田沼駅まで相互直通運転を実施
(2)錦糸町駅から池袋方面に向けて建設が計画されていた地下鉄8号線(現在の有楽町線・半蔵門線の原型)と相互直通運転を実施
(3)東西線を東陽町まで建設し、そこから越中島貨物線の一部を流用して亀戸経由で総武線と相互直通運転を実施
(4)東京~両国間で新線を建設し、国鉄独自で東京駅に接続
(5)神田~両国間で新線を建設し、国鉄独自で東京駅に接続

このうち、都心部で地下鉄に直通する案については東京駅を直接経由せず既存の総武線のルートからも大きく外れることから、総武線からの転出率が低く混雑が緩和されないと判断された。そのため、地下鉄は西船橋で接続することとし、都心部分については国鉄独自で線増を進める方針となった。
 次に、その都心部分の新線ルートについて以下の3つの案が検討された。

検討された東京~両国間の線増ルート
検討された東京~両国間の線増ルート

(A):東京~両国間地下完全別線ルート(実際に建設)
(B):東京~神田間の現在線脇線増+神田~両国間別線ルート
(C):東京~秋葉原~両国増完全現在線脇線ルート

B・C案の場合、都心地上での新線建設となり用地買収に膨大なコストと時間を要する※2と予想された。このため、東京~両国間の地下別線+両国~千葉間の複々線化のみが適していると判断された。
 また、両国~千葉間の複々線化に関しては、東京駅が地下となることによる乗り換えのタイムロスを相殺する目的で、快速線の停車駅が錦糸町・新小岩・市川・船橋・津田沼・稲毛の6駅に絞られた。さらに錦糸町・市川・津田沼は優等列車の追い抜きができるよう通過線を設置する計画とし(錦糸町は設置スペースのみ確保)、優等列車のスピードアップも考慮された。また、各駅に散在していた貨物扱い設備は将来東京湾岸に建設する京葉線に移転させることとし、越中島・小名木川・新小岩・西船橋の4箇所に集約※3することとした。
 なお、複々線化に当たっては東武伊勢崎線や京阪神地区の東海道線のような方向別複々線にすることも検討されている。これに関しては、全駅に2面のホームを用意する必要があること、貨物扱い設備や津田沼~幕張間に併設の車両基地へ出入りする施設が巨大化してしまうなどデメリットが多く、現在見られる路線別の複々線化に留めることとなった。同様の理由により首都圏の国鉄(JR)線では方向別複々線化を採用した例は存在しない。

▼脚注
※2:実際に東京~神田間のほぼ同ルートで建設された東北新幹線では、実質的に既存の回送線の拡幅であったにもかかわらず計画決定から開業までに20年もの時間がかかっている。
※3:国鉄の貨物輸送は総武線複々線化が完成した1970年代以降大幅に減少するようになり、新小岩は信号場に格下げ、小名木川・西船橋の貨物駅は廃止されている。


(つづく)


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