総武・東京トンネルで使用されたシールド工法 - 総武・東京トンネル(4)
公開日:2008年07月17日00:14

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ここで、路線概要からちょっと離れて、総武・東京トンネルで多用された「シールド工法」について触れておきたい。
■圧気シールド
▼参考
工事誌(総武線・東海道線)全般
シールド工法は筒形の掘削機「シールドマシン」が地中をモグラのように進み、非開削でトンネルを建設する工法である。この工法で建設されたトンネルは分割された壁面(これを「セグメント」という)を組み立てていく施工方法や力学的な安定性などの理由でほとんどが円形となっており(最近は多角形ものも出現している)、一目見ただけでシールド工法が使われたことが判る。

密閉型シールドと開放型シールド
さて、平成の現在では「シールドマシン」と言われれば左のような「密閉式シールド」を想像するだろう。この密閉式シールドでは前面に付いたカッターディスクが回転しながら地盤を削り、トンネルを構築していく。だが、総武・東京トンネルが建設された40年前には長距離の掘削に耐えるような高強度の材料や施工を自動化する技術は存在しなかった。そのため、総武・東京トンネルでは密閉式シールドの外殻部分だけでできた「開放式シールド」を使用している。この開放式シールドではシールドマシンに作業員が入り、ドリルや重機などを用いて手作業で掘削していくのだが、軟弱地盤や地下水位が高い場所ではそのまま掘削すると切羽(:「掘削面」を示す業界用語のこと)が崩れてきてしまう。総武・東京トンネルもその例外ではなく、以下の補助工法が併用された。
1、圧気工法

圧気シールドのイメージ
圧気工法とは切羽を仕切り、その内部の気圧を上げて地下水の湧出を押さえ込む工法である。圧気圧(⊿P:大気圧に対して何気圧高くしているかを示す数値)は地盤や地下水の水圧に依るが総武・東京トンネルではおおむね1~2気圧程度となっている。
2、薬液注入工法(地盤改良)

薬液注入工法のイメージ
圧気工法は坑内の気圧を上げて地下水圧に対抗するわけだが、礫(れき)層のように隙間が多い場合そのままでは空気が逃げてしまう。そのため掘削前に地上(坑内から行うこともある)から地盤を硬化させる薬剤を注入して人工的に岩盤を造り、地盤の崩壊や空気が逃げるのを防ぐ。これが薬液注入である。
このようにして掘削が完了した後はシールドマシンの内面にトンネル壁面となるコンクリート製セグメント(一次覆工)を組み立てていく。セグメントは荷重条件や地盤の硬さなどにより複数の種類が用いられるが、総武・東京トンネルでは大きく分けて2種類が使用されている。1種類目は当時のシールドトンネルで標準的な「中子型セグメント」と呼ばれるタイプである。このセグメントは大きなくぼみがあり、くぼみの内側同士をボルトで締結しトンネルを形作る。もう1種類は表面が平らな「フラット型セグメント」と呼ばれるタイプで、このセグメントは両端にくぼみがあり、そこにボルトやピンを埋め込むことでセグメント同士を接続する。いずれのタイプもトンネル円周を7個程度に分割しており、1リングのうち最後に挿入される小さいセグメントのことをK形セグメント(またはキーセグメント)と呼ぶ。以下に各セグメントの写真を示す。総武・東京トンネルは後述する地下水対策の二次覆工(トンネル内面に新たにコンクリートを打つ)のため大部分の区間でセグメントが隠れてしまっており、本記事では東京都内のほかの地下鉄トンネルの写真を参考として使用した。



左:中子型セグメントの例(東京メトロ有楽町線桜田門駅の新木場方)
中:フラット型セグメントの例(東京メトロ半蔵門線住吉駅の渋谷方)
右:リングを組み立てる際、最後に挿入されるK形セグメント。中央には裏込め注入用の穴があいている。(東京メトロ半蔵門線錦糸町駅の渋谷方)
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セグメントの組み立てが終わると出来上がったリングに反力をとってシールドマシンを前進させる。このとき、セグメントと地盤の間にはシールドマシンの厚み分だけ隙間ができるわけだが、これを放置すると後々地盤沈下やトンネル変形をおこす原因となってしまう。そのため、セグメントにあらかじめ用意してある穴から流動性の高いコンクリートなどを注入し、隙間を埋める。これを「裏込め注入」という。
これらの工程が終わると再び最初の掘削作業に取り掛かり、一巡となる。
■廃れた圧気シールド
▼参考
工事誌(総武線・東海道線)全般
さて、総武・東京トンネルで全面的に使用された圧気シールドであるが、実はこの工法には問題点がたくさんある。その問題点は以下のとおりである。
1、減圧症(通称「ケーソン病」)の危険性
圧気工法では坑内の気圧を高める。だが、この環境に長時間滞在した人間が、急に元の大気圧の環境に戻ると体内の血液に溶け込んでいた気体が気泡となり血管を詰まらせてしまう現象が起きる。これを減圧症といい、圧気工法を併用するケーソン工法で多く発生したことから通称ケーソン病(潜函病)とも呼ばれている。(全く別の分野では高水圧となるスキューバダイビングで多く発生している。)最悪の場合神経の損傷や細胞組織の壊死などを招く恐れもあり、厚生労働省の省令「高気圧作業安全衛生規則」により気圧・作業時間などが細かく規定されているため、作業効率が悪くなる。
2、漏気・噴発の危険性

薬液注入で抑えているとはいえある程度地中に空気が漏れてしまうことは避けられない。これを「漏気」といい、予定された気圧が保てず地下水の浸入を許してしまい、作業環境が悪化する。
また、気圧が高い状態で爆発的に空気が漏れた場合、坑内で急減圧が発生するばかりでなく地上の土砂を噴き上げ地表面を陥没させてしまう。これを「噴発」といい、本レポートで後述する「東京トンネル」で実際に発生した。また、1990(平成2)年1月22日には御徒町駅直下を通る東北新幹線上野第1トンネルの掘削中にも発生し、場所が道路上であったことから車やバイク4台が巻き込まれ、10人が重軽傷を負っている。(この事故は工事を請け負っていたゼネコンが注入剤を減らす偽装を行っていたことが原因。)たかが空気1気圧と思うかもしれないが、それは大きな危険性を併せ持っているわけである。
このリスクを減らすためには坑内の気圧を制限するほかなく、地下水の止水が十分できない可能性がでてくる。
▼参考:上野第1トンネル噴発事故
TBSラジオ - ストリーム「2005年05月11日(水) 『東海林のり子の元現場クイズ』」
Techno Treasure - Treasure Reports - 第一編 東北新幹線(東京-盛岡) - 第二章 上野第一トンネル
3、酸欠空気の発生
坑内から漏れた空気が地中を広範囲に拡散することがある。総武・東京トンネルの建設が行われていた1960~1970年代は地下水が多量に汲み上げられたため、地中に隙間が多くできておりこの現象が発生しやすかった。このとき、地中に還元された状態の鉄分が多量に存在すると、坑内から漏れた空気に含まれる酸素がその酸化反応に消費され、酸素の無い空気が坑内のみならず周辺の古井戸やビルの地下室に噴出することとなる。この現象は「酸欠空気」といわれ、圧気工事のみならず低気圧の通過時にも発生することがあり、ビルの地下室で酸欠に陥って倒れる人が出るなど当時大変な社会問題となった。(ちなみに現在は地下水汲み上げが規制され、地下水位が上昇したことから少なくとも低気圧で酸欠空気が発生する可能性は無い。)
この対策は「2」と同様坑内気圧を制限することであり、作業環境の悪化が懸念された。
▼参考:酸欠空気に関する解説
アーバンクボタ「No_23 海成粘土と硫化物」 - 「5・地中の還元状態の物質と地下掘削工事」
4、注入薬液の制限
薬液注入工法に使われる薬剤は地盤に応じてさまざまな種類が使われていた。だが、この中には人体に有害な重金属や有機化合物(ホルムアルデヒドなど)を含んでいることがあり、次第に土壌や地下水の汚染が指摘されるようになった。そして1974(昭和49)年に福岡県で実際に健康被害が発生するに至り、緊急対策として当時の建設省は注入材を「水ガラス系」のみに規制する指針をその年の内に発表した。時は「東京トンネル」が全線貫通した直後である。
この規制により地盤の状況に応じて注入材を変えるという施工は不可能となった。建設業界では注入方法の工夫など技術開発を進めたが水ガラス系の注入材はもともと余り強度が高くないため、シールド工事の補助工法としては不向きとなってしまった。
▼参考:薬液注入工法の変遷
捉伸工事株式会社 - 薬液注入工法概論
これらの問題により、1980年代以降は切羽を密閉し自動的に掘削を行う「泥水加圧式」(切羽に水を供給し、地下水圧とバランスをとる方式)や「泥土圧式」(土砂をスポンジケーキ状に固化し、崩壊を防ぐ方式)のシールドマシンが主流となり、1990年代以降は圧気シールド工法自体が基本的に使われなくなった。(圧気工法自体はニューマチックケーソン工法などで現在も使用されている。)
平成の現在では大深度地下掘削が当たり前に行われているが、その技術が出来上がるまでにはこうした苦難の道のりがあったわけである。先人たちの失敗が現代の高度な技術を作り出す礎となっているのは土木・建築技術に限ったことではない。
(つづく)
(2009年12月10日 セグメント・裏込め注入に関して追記)
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