総武トンネルの基本構造 - 総武・東京トンネル(2)

最終更新日:2020年5月3日
総武・東京トンネル~大深度地下鉄道のパイオニア~(クリックすると目次を表示します)
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トンネル位置の検討

小金井市の江戸東京たてもの園に保存されている都電7500形電車 江戸川区の地下鉄博物館に保存されている営団300形電車と東京地下鉄道1000形電車
左(1):小金井市の江戸東京たてもの園に保存されている都電7500形電車
右(2):江戸川区の地下鉄博物館に保存されている営団300形電車と東京地下鉄道1000形電車


 東京~両国間の地下別線建設が決定し、次にトンネルの詳細な設計が進められた。総武快速線の計画決定当時の東京都内は、まだ路面電車(都電)が公共交通機関の主役であり、東京~両国間で交差する地下鉄は営団地下鉄銀座線など4本のみであった。しかし、自動車の激増に伴い都電は交通渋滞の元凶とみなされており、専用軌道主体の荒川線を除き地下鉄とバスにより代替されることが決定していた。東京~両国間ではこの代替となる地下鉄として4本が計画されており、中でも馬喰町駅の北側(浅草橋交差点下)で交差する地下鉄8号線は地下20m付近とかなり深い位置での通過が予定されていた。また、これとは別に自動車の渋滞対策として首都高速道路の建設も進められており、東京~両国間では3路線が完成、2路線(内1路線は地下)が計画中となっていた。
 地下空間の利用は基本的に「早い者勝ち」であるため、後から計画された路線ほど深い位置を通過せざるを得なくなる。総武快速線もこれらの構造物を避けるため、山岳路線並みの20~30パーミル※1という急勾配を多用し、地下20~30mという深い位置にトンネルが建設されることとなった。

▼脚注
※1 ‰(千分率):鉄道では車輪とレールが滑りやすい鉄どうしの接触であるため、急坂を作ることができない。このため、道路のように%(百分率:100m当たりの上昇・下降量)で勾配を表現すると数字が小さくなりすぎてしまうことから、1000m当たりで表すのが通例となっている。


総武トンネル縦断面図
総武トンネル縦断面図 ※クリックで拡大(PNG形式/1500×875px/357KB)

 計画ルートの地盤は概ね深さ10m付近を境に上側が「沖積層」、下側が「洪積層」に大別される。沖積層は概ね1万年前以降に形成された地質学的には極めて新しい地層であり、柔らかい砂により構成されている。洪積層はそれよりも古い年代に形成された地層で、やや締まった礫、砂、粘土などにより構成されている。特に深さ20~30m付近に分布している「東京礫層」と呼ばれる小石などでできた地層は硬く締まっており、大型建築物の支持層として多用されている。
 建設当時、地下水は洪積層最上部に分布する砂層に豊富に含まれている一方、それより下にはほとんど含まれていなかった。これは当時東京都内では産業用や天然ガス採掘のため深部の地下水が大量に汲み上げられており、ほとんど枯渇していたためである。後年この状況は大きく変化するが、それについては別の記事で詳しく説明することとする。
 東京~両国間のトンネルは約3.5kmあり、これを特定の建設会社1社で建設するのは不可能である。そのため、トンネルの構造別に全体を9つの区間に分けて複数の企業に工事を発注した。これら全体を総称して「総武トンネル」と呼ぶ。工区名称と区間の長さを以下に示す。

総武トンネル工区割りと長さ
名称長さ(m)キロ程(東京起点)
両国トンネル180.003km320m74~3km140m74
隅田川トンネル344.543km140m74~2km796m20
柳橋トンネル454.122km796m20~2km342m18
馬喰町駅(馬喰町トンネル)323.202km342m18~2km018m98
小伝馬町トンネル676.872km018m98~1km342m11
新日本橋駅(新日本橋トンネル)322.401km342m11~1km019m71
室町トンネル536.871km019m71~0km482m84
銭瓶トンネル138.480km482m84~0km344m66
東京駅(丸の内トンネル)731.660km344m66~-0km387m00
※マイナス値は横須賀線側




トンネルの建設方法・寸法・設備の基本仕様

総武・東京トンネルの建築・車両限界(シールドトンネル) 総武・東京トンネルの建築・車両限界(箱型トンネル)
総武・東京トンネルの建築・車両限界※2。左がシールドトンネル、右が箱型トンネル。

 総武トンネルでは大深度での地下線建設となることから、安全性・コストダウンなどを考慮し駅間のトンネルに全面的にシールド工法を採用することとした。シールド工法は、トンネルと同サイズの円筒形の掘削機を使い、モグラのように地表を切り開かずにトンネルを掘り進んでいく工法のことである。国鉄では、1924(大正13)年の羽越本線折渡トンネル、1942(昭和17)年の山陽本線関門トンネルに続くものであり、大都市のトンネルでは初となる本格採用である。
 トンネルの寸法については、更なるコストダウンのため複線トンネルや、地下鉄のような縮小限界とすることも考えられた。しかし、総武線は前回説明したとおり千葉県各方面へのアクセスを担う根幹でもあり、乗り入れ車両が限定されることは運用・サービス上好ましくないことから、在来線標準の寸法で建設されることとなった。これにより先頭車前面への貫通扉設置は不要となっている。

▼脚注
※2 用語説明
建築限界:これより内側に構造物や信号設備が入り込んではいけないエリア
車両限界:これより外側に車両のパーツが飛び出してはいけないエリア


京都鉄道博物館に展示されている現在の在来線における建築・車両限界を表した実寸大模型
京都鉄道博物館に展示されている現在の在来線における建築・車両限界を表した実寸大模型

 ちなみに、工事誌に掲載されている車両限界寸法は、床下から車体肩部分まで一律に3m幅となっているが、これは今日の在来線の標準的な車両限界とは異なる。これは当時の国鉄では在来線において上から下まで完全な3m幅サイズの車体の実現を目指しており、車体裾部分については古いホームやトンネルの改築が完了するまで暫定的に車両限界を縮小するという扱いをしていたためである。しかし、それら古い構造物の改築はなかなか進まず、、最新の「鉄道に関する技術上の基準を定める省令」に至るまでこの暫定限界は継承され続けた。これについては現在も見直しの動きはなく、半ば既成事実と化している。建築・車両限界の変遷については専門的な資料になるが、以下の鉄道総研による調査レポートが詳しい。

▼参考
ホーム付近の建築限界と車両限界の変遷 - 鉄道総研報告2011年01月号 第25巻 第01号 — 車両技術 —(PDF/410KB)

 車体・トンネル寸法以外の仕様については以下の通りとなっている。

●軌道
総武トンネルで開業時から使用されているコンクリート短まくらぎ直結軌道
総武トンネルで開業時から使用されているコンクリート短まくらぎ直結軌道

 地下路線であり路盤が強固なコンクリートであることから、軌道はバラストを敷かず床面に直接小型のまくらぎとレールを取り付ける直結軌道を採用する。小型のまくらぎはコンクリート製を基本とするが、半径1000m未満のカーブについては防振やレールを頻繁に交換するため調整や取替えが簡単な木製としている。また、レールについては半径400m以下のカーブを除きロングレール化することが予定されていたが、短期間で定尺レールに戻されている。その理由については別の記事で説明する。

●架線
シールドトンネル区間の架線。シンプルカテナリとき電線を同じ金具で吊るしている。 東京駅構内では吊架線とき電線を兼用するき電吊架式(インテグレート架線)を採用。
左(1):シールドトンネル区間の架線。シンプルカテナリとき電線を同じ金具で吊るしている。
右(2):東京駅構内では吊架線とき電線を兼用するき電吊架式(インテグレート架線)を採用。


 架線は運転速度向上や標準品のパンタグラフを使用するため、地下鉄で採用されている剛体架線ではなく'通常のカテナリ吊架方式とした。 直流電化では低電圧・大電流での送電となるため、容量を稼ぐ目的で架線・吊架線とは別にき電線と呼ばれる太い導線を並行して敷設するが、一部天井が低くスペースが確保できない箇所については吊架線を太くすることでその代替とするき電吊架式と呼ばれるタイプを使用している。このタイプは「インテグレート架線」の名称で地上区間でも採用されている。

●換気
 長大かつ大深度のトンネルであるため、列車の走行による自然換気は期待できず、浅い地下鉄のように路上にいくつも換気口を開けることも不可能であった。総武トンネルに関してはおよそ1kmごとに駅があることから、そこに吸排気用の送風機を置き列車の走行方向へ向けて強制的風を送る「縦流換気方式」を採用した。地下鉄の換気方式についてはJR東西線のレポートにて解説しているのでそちらの記事を参照されたい。

▼関連記事
JR東西線のトンネル換気方式 - JR東西線(7)(2010年10月28日作成)

●信号システム
総武・東京トンネルでは開業当初ATCを使用していたが、現在は地上信号機とATS-Pの一般的な組み合わせとなっている。
総武・東京トンネルでは開業当初ATCを使用していたが、現在は地上信号機とATS-Pの一般的な組み合わせとなっている。

 信号システムは当初地上区間と同じく線路脇に信号機を置く方式を予定していた。しかし、当時国鉄で使用していたATS(自動列車停止装置)は最低限の警報機能しかなく、追突事故が多発するなど見通しが悪い地下線での使用には大いに問題があった。そのため、開業直前の1971(昭和46)年9月に新幹線でも実績があるATC(自動列車制御装置)への変更が決定した。これは線路上には信号機を置かず、先行列車やカーブに応じた制限速度情報をレールに流した電気信号で車両に伝達するシステムである。制限速度の情報は運転台の速度計周囲に表示され、制限速度を超えている場合は自動的にブレーキを動作させるため、前が見えない状況でも安全に列車を運行することができる。
 なお、1980年代後半に入ると地上信号機を使いつつATC並みの安全性を確保できるATS-Pが開発されたことから、京葉線など地下線を含めた首都圏全域で整備が進められていった。総武・東京トンネルにおいても2004(平成16)年2月をもってATCの使用は中止され、以後は他の路線と同じ地上信号機+ATS-Pの組み合わせにより運行されている。

(つづく)

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